2017年10月17日

NO...4722

ボクイーナだよ。
連続して雨が降ってる。本当に嫌になっちゃうよ。だって散歩も思うようにできないからね。バアちゃんは同じ建物のBさんどうしてるかなって思うけれど、なんでもどこかに出品する刺繍の仕事に忙しいと言ってたから、声をかけないようにしているらしいよ。そしたら向こうから電話。
「イーナがいるから、わたしが行くより、家に来て」とバアちゃん。
Bさん、弁当箱にサツマイモ、生のピーナッツの茹でたの栗の焼いたのなど詰めて持ってきてくれたよ。
そしてね、ばあちゃん一番喜んだのは、友達から届いた昔、見た柿だったよ。田舎の木になっているのだって。すだちなんかも入っていたよ。
送り主の名前は小早川さんていうらしいよ。毛利と一緒に歴史に出てくる人みたいだって。前ここに住んでいたけれど、田舎に越したんだって。田舎で農業をやってるんだって。ご主人と2人で。
Bさんとばあちゃんは、生き生き農業しているって言う、小早川さんの生活をうらやましそうに話していたよ。
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2017年10月16日

No...4721

昨日のことでした。Nさんから電話でしたが、わたしの携帯は具合が悪く途中でプツン。掛け直すと、.診てもらった方が良いよと教えてくれたので、さっそく今日はau杉田店へ。
ついでに魚屋と八百屋へ。八百屋が安いので思わずどんどんカゴに放り込みました。レジに行くとお兄さんが、
「こんなに持てるの? カートかなにか?」
「ううん、手で持っていく」
「それじゃあ、大根は重いからやめときなよ」
売る方がカゴから大根を除いてくれました。
わたしは笑いながら「これ一人でみんな食べるんだよ」
「ええっ、大食漢だねえ。いくつ?」
「84歳。漬物も漬けるしねえ。漬物ないとご飯食べた気がしないから」
こんな会話を楽しんでから、荷物運びでウエートトレーニング開始。モノレールまでウンウン。モノレールを降りて家までウンウン。おまけにプラス傘ですからねえ〜。
種類が多いので、夜はてんぷらにしました。仏さんにもたっぷりのてんぷら。明日は天丼、それからてんぷら蕎麦かな。
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2017年10月15日

NO...4720

新潮新書・佐伯啓思著「反・幸福論」A
現代の死生観。
近代人は死生観を持つことはできない。なぜなら「死」は一人の人間の生物学的な意味での終わりーーただ、それだけのことだから。
生命尊重主義、生存至上主義をとる近代社会では「死」は生命を奪い取られる悪魔のようなもの。メメントモリ(死を忘れるな)は中世の教訓でしかなくなった。
近代はいかにして「死」を先延ばしするか。死は医療技術の従属変数となる。病院で点滴その他のチューブを差し込まれ、心臓の鼓動をモニターされ、画面のピコピコだけで生と死を管理される。つまり生命尊重主義の行き着いた先が生命維持装置。
核家族は、普段親とは住んでいない。気持ちの通じ合いがないと、面倒なことは病院に任せればよいと割りきる。親の方も面倒はかけたくない。なるべく一人で人生の終焉を迎えたいと考える。
「家族の絆」という言葉は、窮屈な「家族の桎梏」と言い換える時代である。
結果、孤独死などが増えていくことに〜。せめて孤独死という言葉をもっとやさしい言葉に言い換えられないだろうか。ボケを認知症と言うように。
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2017年10月14日

NO...4719

新潮新書・佐伯啓思著「反・幸福論」@
題名に惹かれて市民図書より借りて来た本です。
読み終えた時、中身を整理して「縁」について書き残そうと考えました。
2010年12月 〜2011年8月の「新潮45」に連載された内容。
@都市再生機構が持っている全国約76万戸の賃貸住宅で孤独死した65歳以上の老人は1999年94人。→2008年426人と急増。
日本人は地縁・血縁を大切にし、「社縁」も生涯一つの会社に勤め、その中に家族の生活もあった。そうしたものが崩れ、無縁社会という言葉が定着したのは2010年。
なぜ崩れたか?
戦後の日本人は「縁」なるものをうっとうしく思い、放棄することに邁進。血縁と地縁を断ち切る方向に向かう。旧民法は「イエ」が基軸だった。戦後は核家族→この中でさらに核分裂。気に入らなければ簡単に離婚などと家庭を壊す方向へ。
とにかく「縁」は「しがらみ」と誰もが思い、面倒なものは断ち切ろうとした結果が「無縁社会」をもたらした。
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2017年10月13日

NO...4718

1ヶ月に1度の犬友の食事会、いつもジョナサンでは、魅力がなくなってきました。それでわたしの家でゆっくりしようということになって、この前と今度と2度我が家でやりました。
今回は当番のリーのママさんが予算1人1000円で知恵を絞って買い物をしてきてくれました。わたしは場所提供だけという条件です。
ところがリーのママさんは、かなり大変だったように見受けました。そしてわたしの家でやったことも、特別ゆっくりというほどでもなかったように感じたのです。
それで、1ヶ月に1度なんだから、あちこち食べ歩く楽しみというのも良いのではと提案し、来月は金沢区に150年も続いている古い料亭のランチということになりました。
長い付き合いなので、あれこれ工夫しながら「たのしいこと」を続けていこうと知恵を集めあっています。あらためて「あ、うん」の呼吸で付き合える友がいるのはいいなあと感じながら〜。
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2017年10月12日

NO...4717

リネツに行こうと、エレベーターの下降ボタンをを押した時です。エレベーターの横の家の赤ちゃんが突然の大泣き。つづいてドアが開きました。奥を見つめたままご主人が後ろずさりで出て来ました。
「かわいいですねえ。行っちゃ嫌と言ってるのでしょう」わたしが声をかけます。
「そうなんですよ。毎朝後を追われます」笑いながら嬉しそうです。
K家の3番目の子は、わたしの小さい時に「くるみちゃん」という少女雑誌に出ていた子とそっくりなんです。髪がくるんくるん丸まって、鼻がくるんとまるまって収まり、それは、それはかわゆいのです。
「食べちゃいたいほどでしょ」
「ほんと、そうすっね」
後ろ髪を引かれながらのご出勤。いいなあ〜。
やっぱり子育ての頃が人生の華でしたねえ。足りない財布も時間も何もかもが「ごった煮」になって夢中でしたが〜。
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2017年10月11日

NO...4716

選挙が始まりました。演説のいうものは聞いてもつまらないものばかり。
ところが一人、この人は何を話すだろうと楽しみに聞きたくなるのは小泉進次郎氏。お父さんよりずっと面白い。たっぷり皮肉を言うのに、嫌味がない。むしろよくぞ言ってくれたと、気持ちが良い。
池袋での一声には笑っちゃいました。
 進次郎氏はJR池袋東口の街頭演説で、「小池さんに心から感謝したい。希望の党をつくってくれたおかげで、『真の希望』とは何かを考える機会をつくってくれた」「自民党に、野党時代の苦しさを忘れてはいけないと、もう1度思わせてくれた。小池さん、心からありがとう」と。
世の有象無象がいろいろな思惑をもっともらしくテレビでしゃべっている間に、どうやら小池さんの第一声が池袋らしいと知った進次郎氏、電車で移動して池袋に行き、この演説をぶったらしいのです。
文章だとこれだけのものが書ける人は滅多にいない、先日の一期一会に匹敵する面白さ。政治がどうこうではなく、この演説にわたしは120点をつけたいです。
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2017年10月10日

NO...4715

昨夜から、今日の夕方までBlogがまったくアクセスできませんでした。
慌てました。
今から10年以上前、一所懸命に書いていたBlogを終わらせると、突然会社から通知があったことを思い出しました。1年間書きためたものは残りませんでした。
でも、Blogに通し番号をつけていたので、その番号だけは続けました。2番目の会社は大きなところを選びました。dionで続けていると、またBlogを閉じるからと通知がありました。ただし大きなところだけあって、そのまま3番目の会社が全部を引き受けてくれました。それが今お世話になっている「seesaanet」です。
ところが昨夜からおかしくなりアクセスできません。悪夢が蘇りました。まるで外でサイフを落とした時のような慌て方をしましたが、夕方もう一度試してみると、アスセスできました。工事か何かで繋がらない旨を書いてあったのを見落としていたのかもしれません。Blog「あきの80路を歩む」はわたしの生活には大事なものです。
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2017年10月09日

NO...4714

暮しの手帖90号、暮らしのヒント集にこんなのがありました。
「お金を上手に使うには〈特別な日〉を作りましょう。ハレとケのメリハリをつけると、意義のある使い方ができます。そして特別な日が心待ちになるでしょう」
朝の散歩は決まったコースを3キロほど歩くので問題はありません。ところが午後の散歩はシニアカーで、公園を南の方へ往復5キロ近く。あるいは北の方へ往復4キロほどを歩き、折り返し点が買い物場所となります。これを続けていると毎日何かを買って帰ります。どんどん財布が軽くなります。それで買い物のない日を週2日、意識して作るようにしました。この2日は西へ歩いて坂道を登る。コースは前に住んでいた方角でもあります。
買い物というのは、何を買っても楽しいもの。だけどサイフが保たない。何より冷凍庫ははち切れそうです。
そうか、ハレとケねえ、こうすれば、生活にメリハリがついて楽しくなるかもしれない。さっそく実行に移してみます。結果報告ですが? よい報告が出来るとよいのですが〜。
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2017年10月08日

NO...4713

下記の詩に、わたしは「う〜ん」と参って、長田氏に近づきました。『食卓一期一会』より

「言葉のダシのとりかた」

かつおぶしじゃない。
まずは言葉をえらぶ。
太くてよく乾いた言葉をえらぶ。
はじめの言葉の表面の
カビをたわしでさっぱりと落とす。
血合いの黒い部分から、
言葉を正しく削ってゆく。
言葉が透きとおってくるまで削る。
つぎに意味をえらぶ。
厚みのある意味をえらぶ。
鍋に水を入れて強火にかけて、
意味をゆっくりと沈める。
意味を浮きあがらせないようにして
沸騰寸前サッと掬いとる。
それから削った言葉を入る。
言葉が鍋のなかで踊りだし、
言葉のアクがぶくぶく浮いてきたら
掬ってすくって捨てる。
鍋が言葉もろともワッと沸きあがってきたら
火を止めて、あとは
黙って言葉を濾しとるのだ。
言葉の澄んだ奥行きだけがのこるだろう。
それが言葉の一番ダシだ。
言葉の本当の味だ。
だが、まちがえてはいけない。
他人の言葉はダシにはつかえない。
いつでも自分の言葉をつかわねばならない。
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2017年10月07日

NO...4712

夕方から雨が降ると天気予報のお姉さん。イーナの散歩を早めに済まさなければ〜そう考えて出かけると、帰り道になってから雨がポツリポツリ。
今日は11月上旬の寒さ。明日朝は大雨のようです。
買い物のない日の散歩は、誰もいない方へと足を延ばし、公園のベンチにかけてケヤキのてっぺんを見ていました。まるで波のうねりそっくりに大きくゆったりと枝先が揺れています。大木は何と言ってもケヤキが一番と思いながら、木全体を目に入れると葉が細かく、枝先も細くて優雅です。下に目をやると、ススキの穂が開く寸前、キリン草もそれに混じって秋をしっかり連れて来ています。
イーナも夏の丸刈りスタイルから、だいぶ毛が伸び、わたしもマフラーを首に巻きつけています。
歳とると、季節の巡りの速いこと、わたしは先日、12月30日に届く「きたいち市場の海鮮おせち」の注文をしました。
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2017年10月06日

NO...4711

また長田氏。
『「知識を手に入れる」「技術を手に入れる」「職業を手に入れる」「地位を手に入れる」「財産を手に入れる」ーー手に入れることは、希望、成功、幸福などになり活力の基となってきた。刻苦勉励して、幸福という「坂の上の雲」を手に入れたのに「坂の下の穴ぼこ」に落っこちてしまう。人は手に入れることばかりに気を取られ、手に入れたものを使う哲学を忘れていたのではないか。
このことを諌めたのは西郷隆盛で、「児孫の為に美田を買わず」と言っている。
言葉の使い方、お金の使い方、人生の使い方がずさんになっている。これがお互いの間の心の有り様を粗雑にしているのでは〜使い方の哲学を〜』以上が長田氏の意見です。
おれおれ詐欺の年寄りがびっくりするようなお金を持っていると、びっくりしているのはわたしだけではないでしょう。「死ぬまでに何があるかわからないから使えない」年寄りはみんな同じことを言います。
わたしの父は言いました。「使え使えといったって、貯めることを一所懸命にしてきた年寄りには使うことが難しい」と。
 
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2017年10月05日

NO...4710

午後の散歩は、銀行を回ってOKストアへ。
ストアではゆっくりとあれこれ見ます。このごろこのストアを細かく見ると、なかなか人気のある理由がわかる売り方をしています。でも細かく見ることは、いつも買わないようなモノをカゴに入れてしまうことにもなります。
最後に魚コーナーへ行って、すごいなと思ったのは、わたしのように魚嫌いも簡単に料理する工夫がされています。このつぎ魚を食べようと思ったらここへ直行しよう。そんなことを考えながら、特別セールとなっている大きめのエビ10匹ほどを、思い切ってカゴの中へ。
たまには贅沢してみようーー帰宅して、そのまま焼きました。失敗。背中にあるあの臭い部分をとるのを忘れました。それに塩で洗っただけで焼いたので、おいしくない。テレビで見るあの海岸で焼いて食べる野生をイメージしたのですが無理。2匹食べただけで後は皮を剥き凍らせてしまいました。
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2017年10月04日

NO...4709

また詩人・長田弘氏です。
『今では、日常生活や旅の楽しみに、遠くを見やることが心のひろがりをもたらすことであるという思いは、いつのまにか薄れてきてしまっているのではないでしょうか。外では手にケイタイを持って小さな画面を凝視し、部屋ではパソコンの画面を目の先に見据えて動かない。遠くを見ることがなくなった毎日が日々の視野を狭めて目先にとらわれる性向を社会にますます強めてはいないでしょうか』
これに刺激されて、遠くを見に八景島へ出かけました。イーナは歩き、わたしはシニアカー。途中まで行くと、まあ空の広いこと、形の違った雲が空一面に散って、その間に青空、近くの空は青が濃く、三浦半島の先の方では薄い空色。銀杏も色づきはじめています。
八景島のバラ園には誰もいなくて静か。秋バラが楚々と咲いていました。
イーナとソフトクリームを分けて食べながら海を遠くまで眺めて帰りました。
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2017年10月03日

NO...4708

ここのところ長田弘という詩人と向き合っています。生きる角度がちょっといつもと違って感じられる気がしますが、それが大事かなと思うので。
氏は「場」について語っています。
「立場」「持ち場」「現場」「仕事場」「相場」「正念場」「土壇場」「遊び場」「見せ場」「戦いの場」「出会いの場」「修羅場」「濡れ場」「逃げ場」「死に場所」などいくらでも考えられそうです。
こうして「場」だけを意識してみると「場」とは、人と人の関わり、交わりのあるべきところと言うことができそうです。
家族についてはどうでしょうか。若者は年寄りが話そうとすると「時間がない。忙しい」と大義名分を持ち出す。すると年寄りは「まあ、いいか」と「話し合いの場」を先延ばしにします。いや、話そうとしても迷惑ではないかと迷うのです。ほんとうは自分がいなくなった後の財産やお墓の問題など「話す場」がほしいのに。
当然、孤独が頭をもたげる。そして、そんなこんなが重なって、子との間の「場」は遠くなっていく。
こんな閉塞感は晩年には誰もが経験するでしょう。「仕方がない」と割り切りながら、「家族としての場」に憧れるのです。
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2017年10月02日

NO...4707

今日は三男の誕生日に中華街へ行こうと嫁さんにメールすると、早めの夕食でと言うことになって、ウキウキした気分で出かけました。
石川町駅から出ると、中華街はすごい人出です。いつもこんなに多い人かとびっくり。
息子夫婦の好みの店に行きました。「香菜」は知る人ぞ知る店で混んでいました。しばらく待って、席が空き、ゆったりしたテーブルを三人で囲み、注文は息子任せ。息子は手際良く、まず嫁さんの好きなのを2品、そのあと続々と注文をだすと、「出来上がった順序にお持ちして良いでしょうか?」と言います。もちろんOK。最初にエビがぎゅっとたくさん詰まったのが2品出ました。これを皮切りに次々と熱々が運ばれます。とにかくおいしい店でした。大根餅やチャーハンなどを最後に〆ました。
帰りに獅子舞が通りを賑わせ「国慶節」であることに気づきました。花火もバンバン。おめでたい日に行けたから「きっとお前に良いことがあるよ」などと言いながら帰りの電車に乗りました。
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2017年10月01日

No...4706

ご主人の運転で横浜イングリッシュガーデンに行くけれどと、誘われました。
横浜駅に近いところに位置する広いイングリッシュガーデン。しかも丁度ハロウィン、そのためのイベント作品がしっかり演出されています。かぼちゃの大小おばけに、オレンジ色の車が骸骨の人を運転席に置いています。それらはメインロードにあり、そこから四方八方に道が作られて、それぞれ趣が異なった庭が演出されていました。たくさんの迷い道には、バラが背を高くして、歩く人を楽しませています。
わたしの一番印象に残ったのは、水引草の赤と白、その葉には斑が入っているという珍しいもの。コスモスのショッキングピンク、コリウスの深い赤は道のあちこちに彩りを添えていました。とにかく知っている花だけれど、どこかちょっと違っているのがたくさんでした。
以前の家の庭では気になる花を園芸店で探す、すぐに植えて楽しんだことなど思い出しながらのひと時でした。
「横浜イングリッシュガーデン」で検索して楽しんでください。
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2017年09月30日

NO...4705

毎週金曜日にリネツで会う友がいます。今朝は産経新聞の切り抜きをきちんとたたんで持参してくださいました。
新聞をとっていないわたしにとっては嬉しいプレゼント。帰宅してさっそく読ませてもらいました。
「他人を顧みない・言葉の退廃」と題して、日本漢字検定協会の理事長・高坂節三氏が書いています。
民主的な選挙で勝ち抜いてきたトランプ大統領の発言は、その大半が、自分だけが正しくて、空しくなるほど無造作に相手を非難している、と批判しています。そして6月8日付の「朝の詩」に選ばれた村川圭祐さんの詩も取り上げていました。
題は「おとだま」
【自由という言葉を/ワガママにしたのは/誰だろう/権利という言葉を/横暴にしたのは/誰だろう/言葉という言葉が/空しくなるほど/今日も無造作に/心は放り投げられてる/まるで宇宙に空っぽの/音が鳴ってるみたいに/生まれて消えていく】


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2017年09月29日

NO...4704

「地震に強い水道管に替える工事をしています」こう書いてある公園横の工事はもう1ヶ月も前からで、今夜は追い込みなのか夜間工事に入りました。神奈川地方・今夜は150ミリの豪雨と予報が出ています。
夜、10時「まだ雨にならないでいいな」そう思いながら工事の音を聞いています。仕事が終わるまで降らないといいがと心配していると、降り出しました。
雨音に混じって、シャベルで掘る音・話し声・硬いものを金槌で壊す音・機械音ーー工事は止む気配がありません。大変だなあと、目はますます冴えて眠れるどころではありません。
その上、1時間の中に3回も救急車が工事のすぐ横を通って山の上の呼吸器センターへ。
12時過ぎベランダに出てみると、太陽のように大きな電気を照らして仕事は続いていましたが、白々と明けてくる頃、ついに仕事は終わりました。
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2017年09月28日

NO...4703

今日の国会解散でなんだかがっかりしているのは、わたしだけではないと思います。どの人も保身ばかりを考えて、国政は忘れているのが見え見えで情けないです。
そもそも都知事選で勝った小池さんは、あの時の状況が「前の舛添知事のひどいやり方にクリーンを求めて小池さんに走っただけ」と思います。とても、同じ木の下にドジョウがまたいるとは思えません。
自民党がしっかりしている今、選挙民はそんなに馬鹿ではないはず。
マスコミは事が起ると大喜びで、問題を取り上げ視聴率をあげようとします。冗談じゃない。今の世界情勢をお祭り騒ぎで選ばれる人に託すことができるでしょうか。
わたしは小池さんは都政をしっかりやらないという印象は、人気を下落させる気がします。
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