2020年12月16日

NO,,,5884

先日図書室より借りてきた「ひろさちや」の本に「ヤマアラシのジレンマ」という箇所があります。これは哲学者ショーペンハウエルの言葉だそうです。
「寒い冬の日、2匹のヤマアラシが寒いのでお互いの体温で温め合おうとしました。しかし身を守るためのトゲが邪魔になって抱き合うことができません。かと言ってトゲを取ってしまえば、まわりにいる肉食獣の餌食になってしまう、まさにジレンマ」
人間にもトゲがある、わたしたちは「自我」というトゲを持っています。だからいくら願っても他人と一つにはなれない。わたしたちはある程度、距離を置いて人と付き合っていくしか方法はないのです。ところが時として、度を越えてしまう。距離の度合いをどのくらいで保つのがベストかを誤ってしまう。人と人との割れ目はそんなところから発生しやすい。ところが寂しいからとか、気があるからとかで、心の赴くままにやると、せっかくの好ましい友を失うことになる。つまり節度が大切ではないか、わたしはこう解釈しました。
人間は本来孤独なもの。だから友を求める。しかし孤独から逃れることはできないーー。
今日は月一の「哲学カフェ」に行ってきました。そして本気になって会の中身を考えなければと思って、こんなことを書いてみました。
posted by akino at 00:04| Comment(3) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ヤマアラシの矛盾は学生時代に学びました。
人間は多面性がある、その内の幾つかが一致するかどうかで友との距離が違ってくると思っています。親しい友はその一致する部分が多いから。でも私の親しくしているAとBと私が3人で親しく交わることはありません。Aと私、Bと私と別々のお付き合いです。心を全開にして話すなんて私には遠いことです。孤独?孤立?
Posted by Unico531 at 2020年12月16日 09:15
愛する家族でさえ、ときにはトゲがささりますね。それでも群れをつくる動物は、仲間を求め合います。
なにかの集会でも、僅かな共感をもとめて、満足したり・不満に思ったり・・哲学カフェ・お互いに意見を言い合うというのには、時間が足りないでしょう。あせらずゆったりとした時間が流れるといいですね。
Posted by oss102 at 2020年12月16日 09:25
Unicoさん
Aと私、Bと私、まったくまったくそうですそうです。
友はいないと寂しいし、めんどうだけれど、うまくいくと嬉しいし、です。

Ossさん
哲学カフェというのを検索したら、あちこちにあるのです。でもなかなか内容をどう持っていくか。そして1時間半では話し出す前に終わってしまうし〜。
1年経つのに、内容は何もーーです。
Posted by あきの at 2020年12月16日 11:35
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