2020年12月10日

NO...5877

ひさしぶりに図書室で「ひろさちや」という字を見つけたので、借りてきました。本の題名は『本日「いいかげん」日和』です。
仏教学者のこの人の本は、1日1話(元旦から大晦日まで)書いてあり、その292頁に「真の友人」というのがありました。
あるドイツ人が日本人に、あなたは何人友人がいるかと尋ねたと。100人か200人と答えると、ドイツ人はびっくりしたそうです。ドイツ人が考える友人の定義とは、
「@その人のために自分を犠牲にできる。A自分が何も言わなくても、自分をわかってくれる人」だそうです。
以前、Ossさんとこの話をした時、Ossさんは友人は1人だと言われました。わたしは、気軽に友人だと思える人が数人はいます。
先日Sさんは言いました。病気した時など、気軽に買い物を頼み合える仲間をつくろうよと。わたしは大賛成。Sさんは会の名前を「互助会」にしようと積極的です。この会は時間をかけて本物になっていくのではと思います。
とにかく友のいる風景は微笑ましいです。わたしは友が何人もいるので、ドイツ人のようにはいきませんが〜。
もちろんわたしも友を大切にしているつもり。「大切なのは形のないもの」とも思っています。形のないものとは「こころ」。ここがうまくいくと、自分が充実すると感じます。
posted by akino at 02:18| Comment(5) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私は知っている人、友達、親友、心友と区別しています。一緒にお茶して一般的な会話を交わすのは友達、親友はもう少し踏み込んだことを語り合える一緒に旅行もできる間柄、心友は心のうちそこを話し合える親友の中の特別な存在としています。心友は2人。
マンションの住人とはお互いのお部屋でお茶を飲んだりお裾分けなどして親しく交流はあっても友達とは言えません。ドイツ人的に言えば私には友は皆無となります。
Posted by Unico531 at 2020年12月10日 09:59
お茶飲みしたり食事したりして楽しい仲間はいますが、私は自宅でのおもてなしは億劫です。
その程度なんですね。
あきのさんのように、おもてなしが億劫ではない人は尊敬です。
今のような時代、親族よりも近くの友人との助け合いは必要かも。
Posted by oss102 at 2020年12月10日 10:13
今日は特別お二人へ
ブログの中で一番近い人は、このお二人。
必ずきて何かを残してくださるから。
わたしはいいかげんで、いろいろ区別がつけにくいです。
今朝は片付けをしています。あちこちからAliceの手紙が沢山出てきます。コロナになってからもです。
Posted by あきの at 2020年12月10日 11:12
ひろさちや さん の厚い本を一冊持っています。父が亡くなったあたり、仏教や宗派の違いについて知りたくて買いました。読んだ後はそのまま本棚にあり以後開くこともありませんが捨ててはいません。昨日、突然サークルの友人がやってきました。「渡したいものがあって外にいるから出てきて」とメール着信。私は急いで外に出て車を入れてちょっとだけでもお茶を飲んでってと誘いました。滅多に人の家に入らない彼女のことは知っていましたが、昨日は久しぶりに上がってくれました。ヘーゼルナッツフレーバーのハワイアンコーヒーを淹れて、1時間くらい話しました。サークルを一緒に立ち上げて25年も活動してきた仲間。お互い積もる話はあったのです。顔を見ながら話すことって大事だと私は思っています。夜になって彼女からまた寄ってしまうかも・・と長いメールが届きました。私は友人?は多いか少ないかと考えたことがありません。ただ、お付き合いする中で忘れてしまう人もいれば、長い年月会わなくても・・遠くても・・私を忘れないでいてくれる人には心から感謝しますし、連絡取れなくても亡くなってしまった方でも私の心の中にどっぷりと居座り時々思い出す人は私にとって大事な人です。「真の友人」とはその人が私の心に居座り影響を与えられている時間の長さと私は考えます。そうすると「今」から時間は「昔」にまで逆にたどります。感謝と尊敬と好きという感情を自分が持てる人たち・・が心の中にいます。
Posted by まり at 2020年12月10日 11:49
まりさん
わたしはやっはり線引なし。これは性格かもしれません。
引きたくても、引く場所なしですから。
Posted by あきの at 2020年12月10日 12:01
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