2020年08月09日

NO...5754

ロシアに旅したのは15年以上前の11月上旬でした。
一行は19人、ほとんどが夫婦でわたしだけが一人参加でした。旅行先はサンクトペテルブルグとモスクワの2都市。すごく寒いと覚悟して行ったのですが、気温は7度くらいだったように憶えています。
この旅のキャッチフレーズは「エルミージュ6時間」で、日本語ができるロシヤ人の大学教授がついての見学でした。
郊外にあるエカテリーナの夏の宮殿へ行くと、建物の色は白とゴールドときれいな空色で、豪華さは他の国では見られないほど。コハクの間は部屋全体がコハクで覆われていて、これにはびっくりしました。今でもテレビに出ることがあると、懐かしく思い出します。
サンクトペテルブルグでは、朝起きるとすぐにホテルを出て海まで歩きました。そして海の水に手を入れて「これがバルト海の水なんだ」と納得して帰りました。
モスクワでは赤の広場や、クレムリン、イコンの美術館、そして郊外のロシア正教の本山のようなところへも行きました。
最後にロシアのアパートが並ぶ団地に行ったときは、幾組かに分かれて個人宅を見学、アップルバイと紅茶をご馳走になりました。室内の印象は台所と食べるところが離れている部屋で食事をするということでした。
行った時は、ゴルバチョフの改革の後だったので、「あの時は、ロシアの売り場から食べ物が消えて大変だったでしょう」と質問すると、そこに住んでいる人たちは「ダーチャ」という別荘のようなところを皆が郊外に持っているので、そこで野菜作りなどしていたから、大丈夫だったと話してくれました。
posted by akino at 00:02| Comment(5) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
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 『パール博士のことば』(東京裁判後、来日されたときの挿話)
 田中正明著 ⇒ http://www6.plala.or.jp/mwmw/kotoba.html

 ※ (この文章は、平成11年7月3日に 著者の田中正明先生より許可を得て、HP上に表現しています。 Viva )
Posted by viva at 2020年08月09日 07:47
ロシアも美術・芸術と優れた歴史があるところですね。樺太にいたとき、白系ロシアといわれるロシア人が街に沢山いました。
Posted by oss102 at 2020年08月09日 10:13
Vivaさん
パール博士、ざっと見させていただきました。
ありがとうござ敷いました。

Ossさん
お互い毎日書くのは大変ですね。あれこれ材料探しをします。
先日樺太で最後まで通信関係の女子5人が頑張った話をテレビで見ました。戦争はいろいろなところで大変な思いをしました。中国も何を考えているのか、尖閣などにうるさく仕掛けてきます。
Posted by あきの at 2020年08月09日 10:19
あきのさんは方々を見てきて良い経験をしています。私も行ってみたいと思った所は殆ど旅行しましたし、好きな所は何度も旅行を繰り返しましたがロシアとエジプトは行きそびれてしまいました。エジプトは治安と衛生が不安でロシアも機を逸してしまいました。残念です。
初めてヨーロッパへ行ったのは1980年、その頃は景色を見ても建物を見てもモノを食べても憧れのヨーロッパでしたが十年位前に訪れた時にはもう憧れのヨーロッパでは無くなっていました。でも田舎へ行けば違うのでしょうね。
Posted by Unico531 at 2020年08月09日 12:08
Unicoさん
ヨーロッパが違ってきているーーなるほどねえ。変わるのはいずれの国も同じですねえ。
アフリカはわたしの場合、咳が出るのでダメ。シルクロードの奥の方が乾燥地帯で熱が出たり大変でした。
Posted by あきの at 2020年08月09日 12:23
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