2018年04月22日

NO,,,4909

友から頂戴した新聞の切り抜きは、曽野綾子さんの「透明な歳月の光」という連載エッセー。そこに「少しの不謹慎さも許さぬ息苦しさ」と題した一文がありました。
『最近、公的な場での発言、野次、その他で、謝罪したり、辞任したりの人が出ると、私は言論の自由とはなんだったのかを考える。』
この記事は1/31付のものですが、未だに国会ニュースは程度の低いものに終始しています。
わたしはチャンネルをニュース番組に合わせるのが嫌になっています。
曽我さんは『人間は時々、後で考えると、適当ではなかったかと思われる発言をするものだ。その一言だけを捉えて。辞職に追い込んだりするのは幼児性の表れである』と。
人の欠点をあげつらうーー知性のかけらもないような失態の突き方をする野党。そしてひつこい記者たちの取材の品の悪さ。
ーーどうしたら、知性ある舵取りができるでしょうか。
posted by akino at 00:20| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
本当にあのダニのようにたかる記者たち。えげつない質問。ねらわれたらオシマイです。
でも国費のムダ遣いはしつこくお願いします。
Posted by oss102 at 2018年04月22日 09:14
Ossさん
全く、セクハラ問題は朝日の記者が言い出しましたよね。
それを週間新潮に連絡して書かせた記事が発端。えげつないことをします。
Posted by あきの at 2018年04月22日 14:34
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