2018年04月16日

NO...4903 二人作りしわが山斎は 11-11

    11
  長かったごたごたが解決すると、おだやかな日々がやってきた。
 京三は緊張から解き放たれたせいか退屈と向き合うことになる。
 定年前には、退職後の虚しさやりきれなさを耳にすることがあっても、そんな贅沢な……くらいに感じていた。むしろたまの休みに、ごろごろしていると、体の疲れがどんどん出て行くような気さえしたものだ。
 ところが、実際に毎日が休日と言うのは焦燥感を煽る。このままでは世間から取り残されるような気がして、イライラとジリジリが起きた。そんなときは本を広げても読む気がしない。まるで檻の中の熊のようにうろうろすることもあり、何をやってもおもしろくなかった。
 由紀子がいきいきとハワイアン・ダンスの会や、地域の集まりに出かけるのを見ると、さらにイライラがひどくなる。鏡の前で念入りにメークアップをしているのへ、
「何時に帰るんだ。オレの昼メシは」などと聞こうものなら、由紀子は決まって機嫌を悪くする。
「コンビニでもスーパーでも、今はできあいのものを売っているわよ。わるいけれどそれですませてください。わたしもたまには息ぬきがしたいもの。久美ちゃんと夕飯もいっしょにする約束をしていますから……ごめんなさい。チロチャン、パパをお願いね」
 言葉は柔らかいが内容はきつかった。出会ったころのような愛情を求めるのは、無理と分かっても、京三はおもしろくない。何か言い返したくなる。すると、
「あなたのような人を世間では、ぬれ落ち葉と言うそうよ」
 ひんやりと笑顔をつくる。こんなふうに変ったのは籍を入れてからのような気がする。情けないが、黙ってがまんするしかない。芳乃とは、歳が同じだったから、こんなことは起きなかったろうと思い、まあ、自分の選んだ道だからと自分に言い聞かせた。
 庭は最初、由紀子がいい加減にやっていたのを京三が引き受けて、本格的に始めた。五坪ほどの庭だが、土いじりはイライラがなだめられる。
 夜、寝ながら、あの小さな隙間を何の花で埋めてやろうかと、考える。何かヒントがほしいと思う。そうだ明日は園芸店をのぞきに行こうと計画をたてる。するとやすらかな気持ちで眠れるようになった。一日に何度となく庭に出て、あれこれ思いつくままにレンガを積んだり移動したりと、ほんのちょっとした空間にこだわった庭いじりをしている。
 庭はだんだん洋風になり、花が多い。そんな中でも牡丹の木は健全で、これが唯一自分の気持ちを理解してくれるような気がする。
 親友の宇佐美とも、何となく気まずくなって賀状だけの付き合いになった今、やはり寂しさと孤独を感じずにはいられない。                                   (了)

                         
posted by akino at 01:46| Comment(5) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小説ですからあきのさんのこと全てとは思いませんが、ベースにはなっているのですね。
離婚していなくても、エリートの晩年は、多くはこのようなことになるのでしょう。
女は強いです。^^
これだけのことを簡潔に読ませる力量を尊敬します。
少し休んでからぜひ、次の小説も載せてください。
Posted by oss102 at 2018年04月16日 09:18
Ossさん
読んでいただきありがとうございました。
ベースになっているのは、ことに細かな部分を書き込む時に使っています。
こうやって書いてみると、シリアの戦争などのような逃げられないことと違って、思い方一つですよね。
Posted by あきの at 2018年04月16日 13:37
山斎、牡丹、人形と”和”の雰囲気の
中で京三と由紀子さんはしっくり
いかなくなってますね。京三さんは
後悔してますね、この二人「やっぱり
別れましょう」となった時、京三は
芳乃のところに帰るでしょう?
そうなったら、もしも私ならどうする
だろうかと考えると、許せないと思い
ますが、芳乃はきっと許すのでは?
・・・などと余韻を残す最終話でした。
Posted by knock at 2018年04月16日 13:43
確かに、人生幸せ路線が一番。
そうありたいですが何が起きるかわからないですね。
人生の正解、不正解は最後でなければわかりません。はたして京三、芳乃、由紀子は最後に何を思うのでしょうか。
京三は男という動物の見本のようにも見えてきます。

やはり牡丹が文末をうまく彩りましたね。
Posted by みのりん at 2018年04月16日 16:53
Knockさん
なるほど、この見方は面白い。まさに深読みです。書き手としては、そこまで考えませんでしたが〜。もし由乃のところへ帰ったとしても、やはり由乃は許せない感情がのこりますね。それは女だから〜。

みのりんさん
わたしはこの歳になっても、ほんとのところ、男というのは、分かりません。こんな当たり前の生活になるのは、誰がやっても結婚の本質みたいなところはおなじかなあ〜などと思ってしまうからです。
恋愛というのは放物線を描いて終わっていくものとわたしは思います。いつまでもなんてありえない。
Posted by あきの at 2018年04月16日 21:55
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