2018年04月14日

NO...4901 二人作りしわが山斎は 11-9

    9
 夏が過ぎようとしている午後、京三から封書が届いた。
「同棲という形をとつているが、自分も歳である。片をつけたいが、どうだろうか」
 文面はあくまでも柔らかに語りかけている。
 芳乃は覚悟をしていたものの、手紙を読むと、怖さが先に立って震えた。独りで生きていかねばならないという怖さである。
 京三は、この間に定年退職があり、人生を転換させている。そのとき郊外に由紀子名義で家も買ったが、そのことには触れていない。ただ、六十三歳のとき脳梗塞の軽いのをやった。由紀子は献身的に世話をしてくれた。そんなことが書いてあり、もう七十歳に近いから、いつ何が起こるか知れない。このままでは由紀子も落ち着かないので、きちんとしておいてやりたい。だからトラブルのないように財産問題を書類にして、あなたに送るつもりになったとあり、こまごま数字を並べてから、井の頭の家は芳乃名義にしたいと結んでいた。
 以前は「オマエ」だったのに「アナタ」と書かれていることに、京三との距離を感じる。
 芳乃は二人の子どもにそれぞれ電話で経過報告をした。二人とも、ここまで来てしまえば仕方のないことではないかと、割り切った受け止め方をした
 方をつけようと腹を決める。これ以上我を張っても、しかたない。それに住んでいる家がもらえるのだから、いざというときは、これを売ってマンションに住み替えれば老後資金は出るだろうと計算した。年金折半については「企業年金」は退職金の性格があるので京三側に行き、「厚生年金」の折半だけだと知ってがっかりもしたが、普段の生活は折半分だけで贅沢をしなければ暮らせそうである。
 ついに、芳乃は離婚をしてもよいと返事を出す。そして同封されていた離婚届に自分も印をおして役所に行き手続きをとって戸籍を独立させた。離婚後の姓は子供たちとのことを考えて今のままの姓を続けることにする。
 最後は、離婚に付随する公証人役場を吉祥寺本町にある「武蔵野公証役場」に決め、芳乃がまず行って、財産分割等の相談をしてから二人で行く日を決めた。内容は京三の手紙を持参してそれに沿ったものとした。
 当日になる。落ち合う場所は吉祥寺駅前の喫茶店にしてある。
 芳乃は意地にも老けたと感じさせないよう身支度に念を入れ、鏡の前で確かめてから家を出た。
 
posted by akino at 00:27| Comment(0) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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