2018年04月10日

xNO...4897 二人作りしわが山斎は 11-5

    5
  帰京したとき、芳乃を吉祥寺のちょっと高級なレストランに誘った。こんなことは初めてなので、芳乃はクリーム色のブラウスに着がえおしゃれをしている。
「ここは高いでしょう。もったいないわねえ、でもいっか、たまには……」
 主婦感覚を言葉にしながらご機嫌だった。
 フォークやナイフのにぶい輝きと重さを楽しむように食事を終えた芳乃は、残っているスパークリングワインを手にしてゆっくりグラスを回し少しずつ口に含む。
「実はあらためて話したいことがあってなあ……」
「こんなところに連れて来てくれたもの。当然そんな事だとは思っています。何なの。どんなこと……」
 グラスを見つめたまま聞き返す。
 京三は間をじっくりと置いてから、話し出した。
「ちょっと困ったことが起きてな」
「何、何よ。どんなことでも驚かないわよ」
「うん、実はオレを好きだと言っている女の子がいる」
「なあんだ、そんなこと。いいじゃない。心ウキウキでしょ」
「そんなじゃないんだ」
「どうしたの。あなたらしくないわね。はっきり言ってよ」
「深い関係になっている」
「………」
「どうにもならない」
「――」
 芳乃の息は一瞬止まり、体をフリーズさせた。
 それから声をたてて泣きだす。京三はまわりを気にして困惑してしまう。
 芳乃は席を立って、足早に表へ行ったきりもどって来なかった。
 しばらくして、京三も外へ出る。どうしたものかと迷いながら、井の頭公園の暗がりをさまよい歩いた。このまま逃げるわけにもいかない。そう考えて、夜更けに家に帰った。
 ソファーの上に足を投げ出し惚けたようになっていた芳乃は、京三を見るなり立ちあがって、つかつかと近寄ったと思うと、京三の頬を平手打ちにした。きつかった。飛んだ眼鏡を拾いながら、京三は、ことの重大さを始めて感じ、畏れを持った。
 芳乃は、泣き腫らした目を他人のようにして、
「わたしは絶対に赦さないから、絶対に赦さないから……」と繰り返してから、布団を抱えて隣りの部屋へ行ったきり出てこなかった。

(あのころのオレは、少し時間をもらえば、家に帰れる自信が残っていたように思う。帰れなくなったのは、芳乃の嫉妬に閉口したからである)
 一か月に一度帰宅すると、芳乃は待っていたように愚痴を連発する。うるさいから、いい加減に相槌を打っていると、ヒステリー状態になった。
「こんなことぐらいで、文句を言うな。男だったら一度や二度は誰にだってあることだ」
 威圧的になってみたが、相手は負けていなかった。こんな理不尽なことはないと言いたてる。
「わたしは一にも二にも、あなたが良かれと思うことに、ついてきました。あなたの夢がわたしの夢だと思っていたから。それなのに、わたしが一番嫌がることをするなんて、ひどいじゃないですか……」
「…………」
「あなただって、家庭をきちんと守るべきです。そうしなかったら、みんなバラバラになるわ。たいがいの夫婦は二人で仲良く歳とっていくのに、今ごろになって……。ひどいわ。このままでは、ほんとうに家庭がこわれますよ」と詰め寄る。
「そんなふうに理詰めで言うな。逃げ場がなくなる」
「簡単じゃないの。相手の人と別れさえすれば済むだけのことです」
 
 芳乃は娘に話した。オレは子どもにだけは知られたくなかった。だが知ってしまった加奈は女性だけに母親の味方をして口うるさくいろいろと言った。言っただけではない。会社の由紀子へ電話をして仙台まで出かけ、父と別れてくれと口出しをする始末。問題は複雑に絡み出した。
 そのころから、オレは東京の家へはまったく帰らなくなった。
posted by akino at 00:00| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
嘘が悪いとは限らないです。正直が人を傷つけてしまうこともあるから。
黙っていればいいのに男ってバカです。
でもこんなことってあるんですよね。
世間の(あるある)が書かれていますね。
アラっ、
私この小説に入り込んでいるわ(゜o゜)
Posted by みのりん at 2018年04月10日 17:22
みのりんさん
そう言われてみると、たしかにこんな話あちこちにありそうです。男ってよく分からない生き物。)^o^(
Posted by あきの at 2018年04月10日 17:27
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