2018年04月07日

NO...4894 二人作りしわが山斎は11-2

    2
 はじめて芳乃の実家へ行ったとき、庭に牡丹が咲いている奥座敷に通された。古い大きな牡丹の株に大輪の花が咲いて貫禄があった。まわりを若葉の生垣にかこまれていたから、余計に鮮やかに感じたのだろう。そのときから、この花が好きになった。だから井の頭公園近くに家を建てたとき、真っ先に玄関脇に牡丹の木を植えようと提案して芳乃を喜ばせた。
 あの木に花は咲いたろうか。

「妹として二人作りしわが山斎(しま)は木高く繁くなりにけるかも」
 牡丹を植えた後に、水をやりながら芳乃が歌うような声を出して、
「万葉集の歌なんか、急に、思い出しちゃった。国文の国谷先生の十八番だったわよね」
「妹として……か」
「そう、妹として」
 芳乃は溌剌としていた。
 2人目の子が生まれたころ会社の福利厚生で持家制度というのができた。京三は自分の家を持ちたいと言いだし、日曜日に近所を散歩するときは、どのスタイルの家が好きか、とおたがいを主張した。三十代で家をもつのは、収入も少ないときでたいへんだったが、芳乃は買い物を工夫し、倹約をして頑張ってくれた。
 引っ越した夜、二階の物干しから二人で星空を眺めたとき、
「自分たちの家が持てたなんて夢のようね」
 そう言って顔を空に向けたまま、芳乃はオレの腕に手をからめた。そんなことを昨日のことのように憶えている。
 芳乃は高校時代のクラスメートだった。何となくウマがあって、大学を卒業して半年目に結婚した。二人の間には一郎と加那という二人の子がいるが、それぞれ世帯を持っている。一郎はドイツ人の妻と共にフランクフルトで開業医をし、加那は繊維会社勤務の夫と大阪で暮らしている。孫は一郎のところに一人、加那に二人いる。芳乃とは連絡が密なようだが、オレのところにはさっぱりである。
 近ごろになって、歳のせいか子どもに無性に会いたくなるときがある。だが、由紀子の前で口にできることではない。
 単身赴任をきっかけに、ひょんなことから同じ職場の由紀子と関係をもつようになり、家庭を捨てるという潔い決断をした。
 あれから十六年、未だ、どこか仮宿のようで、人生の忘れ物をしたような、もの足りなさを感じている京三である。
 
「パパ、雨が来なければ良いわね。何だか天気予報は、夕方から雨と言ったわよ」
 パパと呼ぶのは、いっしょに住みだしたころ、歳が十五も離れているせいで甘えた言い方をした。それがそのままつづいて、今は子ども代わりの犬のパパというつもりらしいが、パパと呼ばれることで、家庭らしさを感じている。
「雨か。そいつは困った。傘でもさしてやらなければ……」
 牡丹はつぼみ二輪のうち一輪が開きかけている。せっかくの花がこのまま朽ちては、いかにも惜しい。対策をうたねばと、物置の戸を開けて古いビニール傘をさがす。
 傘を取り出したとき、味噌汁の匂いが流れてきたので家に入り、居間から再度庭を眺める。ことしはオレンジ色がつよいような気がする。去年はピンク色がもっと濃かったから、肥料の関係だろうか。去年黒土を大量に入れたのが効を奏したのだと結論づけて、もういちど満足げに眺めた。
 ダイニングに行くと、朝食のテーブルに置かれたどんぶりのぬか漬けがとびきり良い色で食欲をそそる。朝から食欲があるうちは、オレも元気でいられるなと箸をとり、茄子の紫を一切れ口にした。
posted by akino at 00:02| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小説の勉強をしている人が話していました。
小道具を使うと良いと。
この小説では牡丹ですね。
牡丹からどのように話が膨らんでいくのでしょう。
Posted by みのりん at 2018年04月07日 18:25
みのりんさん
さすがですねえ。
テレビなどでも見ている人の感情を盛り上げるために、クライマックスで雨を降らせて濡れるなんていうのがあります。
知っていると、却って白けてしまうから困ります。
Posted by あきの at 2018年04月07日 19:23
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