2018年04月02日

NO...4889

朝のニュースから。
アムステルダム駅ホールに備え付けられたピアノ。上方からのカメラは、グランドピアノを写し、ピアノを置いてある場所のタイルをサークル形に目立たせています。つまりピアノを置くことを考えて床の準備をしたようで、なんと粋な企画をする国でしょうか。
ピアノの弾き手は、ここを通る人たち。誰でも自由に弾くことができます。夕方帰宅しようと通る人、旅行者、ウクライナから来た女性の歌声に合わせた伴奏をする若者はピアノの前で会ったばかりでした。
わたしは1度流産しました。そのときの悲しかったこと、落ち込んだ自分の気持ちを引きあげたいと上の子をおんぶしながらピアノを習いました。だからソナチネ・乙女の祈り・別れの曲など弾けたのに、今はすっかり忘れました。その子が生きていたら5人の子持ちのはず。わたしは弟を亡くして一人ぼっちなので、子たちに兄弟を大勢にしてやりたいと考えていました。
posted by akino at 03:28| Comment(4) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
最近、空港や港などにピアノを置くところが増えているようです。前もって予定して設計していたというのは心憎いですね。

私が見た番組は空港ピアノとかそういう題名が付いていたような…。次々とピアノを弾く人が現れます。さらりとジャズピアノなど弾けたら良いなあと羨ましくみてます。

ピアノは小さいときに習いましたが、母が横で定規を持ってスパルタ。私に強制なんてねw、1年ほどで母も諦め、大人になって習いたいと何度か思いましたがそんな環境ではなく…。ホント残念。

再開なさったら?
小説、興味深く拝見しました。
Posted by さなえ at 2018年04月02日 06:12
今から25年くらい前、オーストラリアに行った時、ケアンズという街にも2、3日ステイしました。小さな街の中心と言える四つ角に屋根のかかった小さなオープンホールがあって、私たちは音に吸い寄せられるように足を向けました。周囲には思い思いに腰掛けられる草地やベンチ。女性が弾いていたピアノをバックに、寝転ぶ人、おしゃべりする人、サンドイッチ様なものを食べる人・・。コンサートではなくBGMのような生の音は、いっとき疲れた私たちをとてもリラックスさせました。盛岡にもこんな場所があったらどんなに良いだろうかと思ったものでした。
街の中心部の角地のビルが取り壊されると、駐車場になったりする・・ちょっと残念だなと思ったりしますが、地方都市の経済を考えれば仕方ないなと。そして何より寒さがネック。暖かい場所は思考の範囲が広がります。
Posted by まり at 2018年04月02日 11:14
小樽のアーケード街にもピアノが置かれていて、よく演奏している人がいます。ベンチもありますから、休みながら聞いている人も・・観光の街らしい試みなんでしょうね。
Posted by oss102 at 2018年04月02日 11:59
さなえさん
作品読んでいただき感謝。
ピアノ、引っ越すときに捨てました。ペダル2本では引き取り手がありませんでした。
年取ってから、ハ調で弾ける楽譜を買って試したこともありましたが、何しろ字が小さくて無理でした。

まりさん
NYのセントラルパークにはまくら持参で聞きに行く無料の音楽会が夏にありました。行ったことはなかったですが〜。

Ossさん
小樽にもあるのですか。面白いですね。世界の人は同じことを考える人がいるものですね。
Posted by あきの at 2018年04月02日 13:26
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