2017年08月13日

NO...4656

わたしが本を読む理由の一つに、よい文章に巡り合いたいというのがあります。ストーリーより何より、まるで絵画鑑賞のようによい文章は読んでいて心地よいのです。
今朝はそのような文章を読み始めています。
「五木寛之の金沢さんぽ」は土地にぴったりと思われる筆致。
『金沢の街には、沢山の用水が流れている。目に見える流れだけではない。暗渠をめぐる用水は、金沢に暮らす人びとの心の迷路さながらに、ひそかに流れ続けている。人情、といった月並みな感覚ではない。もっと陰翳にとんだ、彫りの深い気配である』と、こんな感じです。
人生のことは、何事もある程度までは努力で何とかなりますが、それ以上になると才能という壁にぶつかります。
書くことが好きで、ここまでやってきましたが、一流と言われる人を見ると、元々備わっているがプラスされ、その上に運にも恵まれるという条件もクリアーされている気がします。
posted by akino at 00:05| Comment(2) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
才能ですか。私はこのごろ、自分の性格の嫌なところも、生まれつきの性格なんだから・・と慰めるようになりました。(^◇^)
だって犬猫キョウダイ、一緒に生まれても、それぞれ性格が違うでしょ。
こんな性格で生まれちゃったんだから、仕方ないや・・と。
書くことが好き・・それももらってきた性格なのかな?
Posted by oss102 at 2017年08月13日 11:49
Ossさん
たしかに性格はもらってきています。
わたしは近頃大概のことは、もらってきているような気がしています。ほんと不思議です。
そして、後からの環境がそこへ上乗せしてすこしばかり違ってくるーーこの場合教育というのはどの程度影響あるのでしょうね。
Posted by あきの at 2017年08月13日 14:40
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