2016年01月16日

NO…4070

「あさが来た」で、わたしはあさの着物を楽しんでいます。画面の進歩で布の質感まで、まるで手で触っているほどに分かります。
襦袢の襟の色と着物の調和のさせ方や帯との合わせ方、また江戸時代から明治に移って帯の結び方が違って来ています。
明治は現代と同じおたいこ結びですが、江戸時代は下の方に弛ませる結び方で、とても粋な感じがしました。
考えてみると、これなどは髪型との調和があります。
こんな美しい着物文化も普段の生活からすっかり遠ざかってしまったのは、生活に合わないからです。
母は戦時中モンペになる頃まで着物でした。外出の時の帯結びも手伝いました。また着物のたたみ方も、わたしは憶えています。着物は簡単に洗えないので、帰宅すると真っ先にベンジンで襟を拭いていた母も憶えています。
着物が洋服に変わろうとしていた頃には、これらを残そうとして帯が2つに分かれて、おたいこの部分と体に回す部分になったものが売り出されたりしましたが、時代に合わずに消えて行きました。
posted by akino at 03:41| Comment(5) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もあささんの着物姿に注目しています。私の母は1974年に亡くなる迄日常的に着物を着ていました。165p以上あった姿によく似合っていましたし目立っていました。
でも私は着物生活が出来ず結婚する時用意してくれた殆ど手を通していない着物の処分に目下苦慮しています。
成人式などに着物を着る時に着物の歴史や作法も学んで欲しいものです。再来年の孫の成人式には口出しをして着物姿を見たいものです。
Posted by Unico531 at 2016年01月16日 07:38
男性の着物姿もいいものですね。お正月の父の着物姿はカッコ良かったです
母はもちろんのことですが私も若いときは普段着にウールの着物やら銘仙の着物を着ていました。
母は着物が似合う細身で柳腰でなで肩で似合っていました・
兵隊さんが敬礼して通ったという話です

Posted by hanairomimi at 2016年01月16日 08:31
着物いまでもたためます。着け帯も新婚のころウールの着物につけました。
もう一切の着物は我が家からなくなりました。
hanairomimiさん、兵隊さんが敬礼して・・^^
よほど美しかったのでしょう。
Posted by oss102 at 2016年01月16日 09:08
私の母は、洋服が流行り出すとすぐ取り入れていました。外出時以外は、フレアー状のスカートに下駄を履いていました。その姿には子供心にも「あれは変!」と思って見ていました(笑)
しかし学校のPTA等の集まりの時は、和服を着て出席していました。私はやはり、和服の母がいいなと思っていました。
Posted by 野菊 at 2016年01月16日 10:57
Unicoさん
お母さん、早くに亡くなられたのですね。それではたくさんのよい思い出を今でもすぐこの間のことのように覚えているでしょう。着物は捨てられないはずです。できたらお孫さんがその手持ちの着物のどれかを成人式に来てくれたらいいですね。
今の成人式は派手派手ばかりで味がないですから。

mimiさん
男の着物姿、折り目がしっかり付いた着物など格好良かったでしょう。朝が来たに出てくる男の人たちの紋付姿なんか、新鮮に感じます。

0ssさん
私たちの年が、着物と洋服切り替えの歳のちょと下くらいでしょうかね。昔は汚さないように来て、洗濯なんかしませんでした。季節の変わり目に「あらいはり」でしたから手間がかかりました。

野菊さん
わたしの母も父兄会には着物でした。この間片付ける時にそんな時に着たのを覚えている羽織がありました。捨ててしまいましたが。

Posted by あきの at 2016年01月16日 12:52
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