2015年12月31日

NO…4054

今年も最後の日となりました。一年間ありがとうございました。
「ボク、イーナだよ。ボクもありがとう。バアちゃんたらね、ちゃんとご挨拶できないと、わたしが躾なっちゃいないと思われるからね、だって。
バアちゃんは、自分が野放途の性格のくせして、ボクにばっかり礼儀正しくなんて、よく言うよね。ビックリポンだよ。
バアちゃんはお節を8月に注文したんだよ。こう言うの手まわしが良いと言うのかな。どこへ頼んだかって?
楽天の「お節魂だよ」毎年ここだよ。どうもバアちゃんは、一度決めると同じとこへ注文する傾向があるよ。つまり、ボクに言わせると進歩がない。まあ、バアちゃんの舌では、デリカシーの味など分かるはずもないから仕方ないよね。ボク?ボクは元日も「カリカリ」だよ。嫌んなっちゃうよ。
今日ね、バアちゃんボクの体重測ったんだよ。そしてね、「あ、いけない増えた!」と言ってから、ボクに食べ物分けてくれなくなっちゃった。
体重計なんてなければいいのに〜。ボク体重計なんて大キライ!
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2015年12月30日

NO…4053

森の中を散歩していて気づくといつの間にか鼻歌が出ています。いろいろ飛び出しますが、多いのは「うさぎ追いしかの山〜」です。今日はこんなのが飛び出しました。
「イヤでアリンスグンタイは〜♪ カネのチャワンにカネのハシ〜♪ オシャカ〜様でもあるまいに〜♪ 一膳メシとは情けない〜♪」
わたしより上の年齢の人でないと知らない歌です。戦争中はちょっとでも戦争反対などと言おうものなら、警察に引っ張られた時代、そんな中でこんなのが歌われたのでした。
今日はドギュメンタリー番組「永田町権力の攻防」の録画を観てから散歩にでたので、それがどこかに残っていて、口をついて出たのがこの歌だったようです。
「見よ、東海の空明けて〜」というのは「見よ、父ちゃんのハゲ頭〜」が替え歌でした。弟と歌った記憶がありますが、女の子同士では、こんな歌は歌いませんでした。
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2015年12月29日

NO・・4052

国吉康雄の展覧会がNYホイットニー美術館にあり、新しいモダンな建物がテレビに映りました。NHKが取材し「新日曜美術館」で放映。
国吉の絵は人間の心の中までを表現している作品が多く「平和を失うと、こういうことになる。それは敵も味方も同じだ」と戦争の悲惨さを訴えています。事実太平洋戦争が始まると日本人だということで差別を受け、一方、父親の死に一度日本に帰って展覧会をしますが評判はあまり芳しくありませんでした。
今ではアメリカを代表する画家のトップ3にはいる人です。今回の解説をしたのは美術評論家のトム・ウルフ氏。(娘の友・夏に来日娘と直島の美術館に旅した人)
明治22年岡山市に生まれた康雄はもうすぐ17歳というとき、アメリカへ単身渡航し、最初は西海岸でさまざまな仕事に就きます。言葉がわからないために絵を描くと、うまいと褒められることが重なって絵描きになろうとニューヨークへ行きます。
そして数年経ってから、「アート・ステューデント・リーグ」という絵の学校へ奨学金で入り勉強を始めます。そしてのちに、この母校で教鞭をとりました。1953年63歳で没。
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2015年12月28日

NO…4051

師走「忙中閑あり」と言いたいのですが、忙中がわたしにはありません。
そんなことで、題名のない音楽会で、ユンディ・リのショパンを聴きました。素人のわたしでも、うまいなあという弾き方、最後に五嶋龍くんの共演がありました。
曲目はショパンの遺作となったノクターン20番です。龍くんは五嶋みどりさんの弟、同じ職業を選びましたが、ハーバード大学では、たしか物理学専攻だったように思います。
青春真っ只中の魅力ある若々しい体格、ヴァイオリンをいとも楽々操っているように見えますが、決してラフではなく繊細。
幼い時からアメリカで育っているせいと思いますが、日本人が見せる独特の神経質な緊張がなくリラックスしているので聴きやすいと思いました。
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2015年12月27日

NO…4050

兼高かおる著「わたくしが旅から学んだこと」に愉快な話が出てきました。
まだ世界がとてつもなく遠くに感じられていた頃、兼高さんの旅番組を楽しみましたから、面白そうと思って借りてきたのです。
読んで一番面白かったのは、取材先でいろいろなお土産をもらうけれど、アラブのスルタンから「石油採掘権」をもらった話と、マーシャル共和国の大統領の兄さんの首長から無人島をプレゼントされた話です。
この島は満ち潮のときは1000坪くらい、潮が引くと1200坪になったそうです。太平洋の荒波が押し寄せてくると、しぶきが島の反対側の岸まで届くという長細い島だったと。ヤシの木がたくさん生えていて、鳥もたくさん囀っていた島だとか。
平成20年に日本航空の人が訪れると「この辺りに兼高かおるさんの島があって島の名はカオル・エネだ」と説明を受けたそうです。
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2015年12月26日

NO…4049

「もうひとつのショパンコンクール」というテレビ番組を観ました。
ポーランドでのショパンコンクールは5年に1度、しかも年齢制限があり、30歳までです。ピアニストは世界に出て行く大切な場なので、これに賭けますからその真剣さは胸が痛くなるほど。
ワルシャワのコンクール会場に用意されるピアノは4社で4台(アメリカのスタインウェイ・ヤマハ・カワイ・イタリヤのファツィオリ)この中から出場者は自分の感性に合ったピアノを選べます。
ピアノには、それぞれ有名な調律師がついて、弾き手の希望に合わせた音づくりをします。スタインウエイ以外の調律師はすべて日本人。
最初78人が参加、3次予選までで10人に絞り、ファイナルではオーケストラとの共演。ここでヤマハなどよりスタインウェイを選ぶ人が多かったのは、会場映えのする華やかな音が出せるからだそうです。
ヤマハはこのコンクール用に特注ピアノを作って登場させました。音楽家だけでなく裏で支える人たちの血の滲むような努力も想像以上です。
日本の技術の高さは、ここでも再認識させられました。
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2015年12月25日

NO…4048

始まる時間より前にジムに行くのは、みんな列に並んでおしゃべりを楽しむためがあります。
昨日はそこで玄米ヨーグルトの話が出ました。何々、わたしは、珍しい話に首が伸びっぱなし。繰り返し作り方の念を押させてもらいました。
帰宅してすぐに玄米と豆乳を買いに走りました。そして、
@1カップの玄米を洗って、ざるに上げ、
A豆乳を瓶に移して、ここへ玄米を入れました。これで仕事は終わり。
朝、起きてすぐ瓶を確かめました。変化なし。
こうなると「本当にこれでいいのかな」疑問が湧きます。だから今朝ジムに行ったとき、昨日の人を探しましたがいません。
さて、困った。あれこれ考えているうちに「もしかしたら「PCで検索できるかもしれない」そこに思いが至りました。
帰宅して再び瓶の観察。するとちゃんと固まってドロドロ状態になっています。うれしくなり早速器にとってレーズンを入れて食べてみました。たしかにヨーグルトです。
検索もしました。ゴマンと関係記事がありました。
そう言えば、黒ニンニクは8日目、もう臭いは、殆どしません。熟成した証拠です。後2日で出来上がりです。
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2015年12月24日

NO…4047

ボクイーナだよ。
今日はね、ボクの大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんが来るんだよ。
バアちゃん、朝から張り切って「ビーフストロガノフ」「カニの姿盛り」「サラダはいつもと変わったものをしなきゃね」ボクにそう言いながら料理しているんだよ。
ボクは下から、バアちゃんを見上げながら、匂いでいろいろ想像しているんだ。牛肉が匂って来た時はたまらなかったよ。
そうそう一番張りきって作ったのがケーキ。スポンジを買ってきて、そこに生クリームの泡立てたのと、イチゴとキウイを飾ったんだ。クリスマスの色は赤と緑だよ。ボクは下から、「ちょっと味見させてよ」とソワソワしているのに、くれなかったよ。
テーブルに真っ赤なマットと、お揃いのナプキン。
やがて、お兄ちゃんは七面鳥の燻製とマッシュポテトの材料持って来てくれたよ。お姉ちゃんからもらったクリスマスプレゼントは、うれしくて一所懸命囓ったから、たちまち、きれいな飾りがなくなっちゃった。もったいないことしたと思うよ。
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2015年12月23日

NO…4046

ボクイーナだよ。
あのね、今日なんの日か知っている? 冬至なんだって。カボチャ食べる日なんだよ。
みんなカボチャ食べた? ボクはエサの後でバアちゃんがくれたよ。
カボチャと小豆と、そこにすいとんが入っているんだよ。
この作り方はね、バアちゃんのお母さんが、作っていた方法らしいよ。そのお母さんて言う人はね、甘いもの大好きだったから、お砂糖たっぷりだったらしいよ。きっと美味しかっただろうね。
バアちゃんは、ボクにカボチャちょぴっとくれただけだよ。バアちゃんてボクの太ること心配してるんだよ。ボクが、お皿ひっくり返して「モット」って言っても知らん顔さ。
そのくせ、自分は太っても食べたい時は食べているのにね。ちょっと変な人だと思わない?
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2015年12月22日

NO…4045

今年最後の墓参りに行きました。
持参したのは、菊の花とセンリョウ。朝の散歩で古い家に行き、センリョウをたくさん切ってきました。父の愛した庭からの花をなるべく持参するようにしていましたが、これが最後のものとなるでしょう。
何故なら家が売れたからです。この家から子どもたちは幼稚園に行き、小学校に通い、中学校に金ボタンのついた学生服を着て通いました。高校からは電車通学となって、大学はそれぞれ別なところでしたが、東京まで。
長女だけは、帰国子女で高校も東京。バレー部に入り、朝練があって早朝に家を出たから、帰るとコタツでうたた寝となったものです。そして大学は下宿。一緒に暮らした友だちとは、今でも帰国するたびに、旧交を温めています。
そんな家族を包んでくれていた家が来春には消えるでしょう。
「おじいちゃんの草取りした庭も植えた木たちも、もうすぐなくなるよ」
昨日はお墓で、そんな報告をしました。
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2015年12月21日

NO…4044

黒にんにくへのこだわり。
黒にんにくがなくなったので、年末のうちに出来上がるよう考えて、仕込みました。
1キロのにんにくを、電気釜に丸のまま入れ、最後は細かくして隙間に押し込みました。
これをベランダに出し保温にし(70度ほど)10日間放って置くと黒にんにくの出来上がりとなります。
ベランダに出すのは、にんにく特有の臭いがして、室内では我慢できないからです。電気釜も不用品になったものを使わないと、後々まで臭さみが残ります。
効能は、@免疫力を高める。A腸内細菌のバランスを整える。Bガンの予防C老化防止。
抗酸化力とは体を年寄りにしていく活性酸素を抑えると言われています。
活性酸素ーー老化によるシミ・シワ、白内障、関節炎、ガン、動脈硬化、糖尿病、肝臓機能障害、アレルギーなど生活習慣病を作り出す原因と言われるもの。
黒にんにくは、これらの予防と改善を生にんにくの10倍の濃さでするとか。 
以上がインターネットで調べた結果です。
話半分としても、薬のような副作用のないものですから、効いたら儲けものと思いませんか。 
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2015年12月20日

NO…4043

古い家に、小さい金物類をゴミに出そうと行って、細長い油絵を見つけ、懐かしくて捨てられずに持ち帰りました。
わたしの描いたのですから、当然下手なもの。でも、ここには順風満帆の家族の絶頂期が詰まっているのです。
左側に2軒の別荘らしい家、右手には2叟のボート真中は直ぐ下から湖が広がって、遥か彼方にホワイトフェイス山。
アメリカに行って最初の夏に1週間をコッテージを借りて過ごしました。
冬季オリンピックも行われたことがあるレイクプラシッドです。
小さな動物園に行ったり、夜はコンサートに出かけたり、また、絵の山にも登りました。ここにはサンタが住んでいて、1年中クリスマスでした。
滞在期間が限られていましたから、積極的に旅行をしたのです。
そして帰国。日本語がおかしくなっている子供たちが、次々と受験の試練、両親を呼び寄せて一緒に暮らすようになり、最初は元気でしたが、やがて老いによる病気と入退院、夫の単身赴任等、様々な試練が押し寄せて潰されそうになりながら過ごした日々、気がつけばもう、充分な老いが我が身の上にきてしまいました。何と一生の早いことよーーです。
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2015年12月19日

NO…4042

犬友Sさん家のナナちゃんが天に召されました。ご主人の腕の中で苦しむことのない旅立ちだったと言います。
翌日、荼毘に付されて小さな白木の箱に収まりました。家に伺うと人の遺骨と同じ美しい覆いがしてありました。犬友のみんなもそれぞれお参りしました。
そして、今日お茶によばれました。しばらくしたら、庭に埋めるそうですが、箱は自然に溶けて土に帰るようになっているようです。。
ナナちゃんは、ミニダックスの中でも小型でそれは愛らしい犬でした。
数年前、庭師の散布した農薬の影響を受け、死線をさまよいましたが、この時は名医を探して川崎の方まで行って一命を取り留めました。
そして17歳まで生きたのですから、歳に不足はありません。
生きている間、どんなに家族を慰めてくれたことか。そして今は寂しくなっているSさんを、ご主人が何かと気遣ってくれているそうです。よい家族です。
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2015年12月18日

NO…4041

宇宙飛行士の油井さんが先日地球に帰りました。
宇宙船滞在142日間のエピソードの放送を観ました。宇宙とのインタビューは筑波にある国際宇宙ステーションの通信室で行われ、インタビューしたのは、糸井重里氏と女性アナウンサー。
油井さんは長野県川上村出身です。宇宙飛行士の試験を受けたのは963人、最終で10人に絞られ、そこから3人が合格しました。
今回、油井さんの最大の仕事だったのは、何と言っても、アメリカ・ソヴエトが失敗した宇宙船への食糧や水その他の補給物資運搬を日本の「こうのとり」が、H2ロケットを打ち上げて運ぶのに成功したこと。これは日本独自の方式で、ゆっくり近づけた「こうのとり」をロボットアームでキャッチ、ドッキングさせたのです。
この時、受け取る側のロボットアーム操作をしたのが油井さん。NASAで指令したのは若狭さん、そこを繋いで綜合指令をだしたのがJAXAです。
「こうのとり」の成功は、世界に日本の技術は凄いと驚嘆させました。
油井さんは、みんなの力が結集して成功したものだと強調し、そこに自分が携わる機会が持てたことは幸せだと話していました。「こうのとりくん」こう油井さんは呼んで宇宙の彼方に切り離して消えた「こうのとり」を惜しんでいました。
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2015年12月17日

NO…4040

橋田壽賀子著「ひとりが、いちばん」にこんな事が書いてありました。
【自分で自分を守る。それには強い意志とともに冷静な目が必要です。まず自分がどういう人間かということを知る必要があるでしょう。自分の力を知ることは相手を知ることと同じように大切です】
【自分たちは世間が思っているよりずっといい時代に生きている。…中略。高望みをやめて自分自身とちゃんとつきあえば、今という時代や今の自分がずっと好きになれるのではないか】
【家族がいるから寂しくないとは限りません。むしろ家族といっしょにいても、気持ちが通い合っていなかったとしたら、そのほうがずっと孤独かもしれません】
【自分の人生に「老後」などという言葉は存在しないと思っています。定年後とか子育て後という言い方なら分かりますが「老いの後」とはいったい何を指しているのでしょうか】
さすがに「おしん」や「渡る世間は鬼ばかり」の作者は物を見る目の角度が違う気がするので書き抜いてみました。
この人は、人の気持ちの奥深くに入っての観察眼が視聴者を頷かせたのだと思います。ついでにわたしの嫌いな言葉を書き足します。「ボケ防止」です。
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2015年12月16日

NO…4039

ipadがそろそろ怪しくなってきたと思っていたら〜、ついに物騒な音。画面へ文字を打ち込む度にガッ、ガッ、ガッ。寝床で打ち込んでいますから、横に寝ている犬も起きてしまうほどの音。
ーーあ〜ぁ、ついにダメに。
夜中だけれど気を取り直してAmazonを検索、Macのipadを発注しました。
当分何も買わないぞと、心に誓っていたのに、なくてはいられないipadの故障では仕方ありません。
ガッ、ガッの他は動くので、なんとか使えるのですが、でも「近いうちに故障してしまう。すると中に入っているものがなくなってしまう 」これが恐ろしいのです。
写真など、残しても仕方ない、なくなったらなくなったで良いと割り切っているつもりなのに、やはり死ぬ日までは、こうして思い出をたまには打ち出して楽しみたいし〜。
次男に電話して、新しいのを買ったので設定の分からないところを教えてと言うと、修繕できたのにと言われ、無駄な出費にガックリ。
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2015年12月15日

NO…4038

吉澤久子さんは職種でいうと「家事評論家」と思います。古谷綱武という文芸評論家の奥さんですが、ご主人はずっと前に亡くなって、今は独り暮らし。90歳を過ぎてもまだまだお元気です。
この人は若い頃から「たのもしいオバさん」と言った感じで、どっしりしていましたが、久しぶりに読んでみると今でも、健筆をふるっています。
「自分のペースで生活できるというのは、何より一人暮らしの大きなメリット」
「ストレスで病気になるのが一番つまらない」
とも言ってます。
そして自分で食事の支度をしてしっかり食べる事が何より大切だとも。わたしも加工食品とかお惣菜など、売っているものの塩分が強い話を聞いてからは、料理をちゃんとする事を心がけています。
そうそう、毎朝犬の散歩に出かける時エレベーターの前まで行くと、決まって味噌汁の良い香りがして、それがわたしの心をいつも温かくしてくれます。
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2015年12月14日

NO…4037

友から電話がありました。
「ねぇ、愚痴を聞いてちょうだい」そのくらいお安い御用と返します。
友は白菜を漬けたので、自分ではなかなか漬けない友にあげたいと考えたのです。
相手は86歳くらいの一人暮らし。
「久しぶりだから、明日一緒に食事をしよう。漬物あげたいから〜」という話になったのだと。
腰が痛くて1ヶ月ほどずっと寝ていたけれど、ようやく快方に向かったので、循環バスに乗って待ち合わせ場所の駅へ行ったそうです。駅には座るところもありません。
「もう来るか、もう来るか」と待って大変だったと。
仕方なく持ち帰って電話をすると、相手は「忘れていた」と、あっけらかんと言ったそうです。
さあ、待っていた友は気持ちがおさまりません。
「昨日あれだけ約束したのに。それに昨日の今日なのに、忘れるなんて〜」とボヤキのお鉢をわたしに回してきたという訳。
「自分が忘れた方でなくてよかったね」
そんな慰め方をしました。歳とることの悲哀、約束しても憶えていられない。寂しいですが、しかたありません。
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2015年12月13日

NO…4036

わたしのところから見える前の棟の5階のTさんからお茶に来ないかと電話があり、急いでイーナの散歩を済ませて伺いました。
76歳のTさんは、この団地に住み始めて30年とか。最初に友達になった人です。もっとも、まだこの人だけですが〜。
住まいの間取りはどんなかと楽しみでした。わが家より広々しています。まず前に見える景色の全面が自然。小学校の校庭が広がりその向こうが小山です。花火は、目の前に打ち上がったのを見ることが出来るらしいです。
水彩画を描くのが趣味で先生の絵と自分の作品をあちこちに掛けています。先生は向井潤吉について勉強した人だとか。向井潤吉は茅葺き屋根をたくさん描いている人ですねと言うと、早速画集を見せてくれました。
ご主人を亡くされたばかり。やはり一緒に住んでいた人がいなくなると、家の中にポッカリ穴が空いたまま、ふさがととらないと。
わたしは「そんなに良い関係で過ごせた夫婦なんて、幸せだったということですよ」こう慰めました。
家の中はいかにもTさんらしく住みこなしていて、居心地が良く、2時間が短く感じられました。


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2015年12月12日

NO…4035

この季節になると、決まって同じ話を書きたくなるのはスエーデンへ旅した時のこと、ノーベル賞と連動して思い出すのです。
わたしは旅行費用をなるべく安くと思うので、北欧に行ったのも費用の安い11月末でした。コペンハーゲンから入って、ノルウェーのオスローまでは船中泊で行きました。戸板ほどもある氷がプカプカ浮かんでいました。
そして最後がスエーデンのストックホルム。昨日今日、盛んにテレビに映る市庁舎で、受賞者の晩餐会と同じ料理を同じ器で食べるという奇抜なアイディアのグループ旅行でした。
ノーベル賞が授与されるところや、舞踏会の会場も見学し、ノーベル賞を持ち帰りました。ただし「チョコレートで出来たノーベル賞」です。
宿泊したのはフィンランドからの連絡船が着く船着場前のホテルでした。そこから地下鉄で、市の中心に出かけました。
他に旅したより得した気分になるのは、この季節になると、決まってノーベル賞が話題になり、日本人の受賞も毎年のように続くと、テレビにそこが映るからです。結果、旅を思い出す回数も多くなります。
posted by akino at 03:31| Comment(4) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする