2015年03月31日

NO…3776

去年の引越し騒ぎでトラック2台、物を捨ててから、買い物は慎重になっています。
先日も電話機の子機が壊れたので捨てたけれど、親機だけで我慢することに…。
何しろ年取ると、社会的活動がめっきり減ったのと並行して、郵便物と電話の量も減っています。電話は、子どもたちとのやりとりぐらい。
ところが、夜、寝室に行ってから電話が鳴ると、モタモタしている間に切れてしまいます。やっぱり不便。こんなところでケチらずに新しい電話機を奮発しょうと考え直しました。
新しいのは、従来の電話機のイメージからはかけ離れた代物、ショッキングピンクの台座にショッキングピンクの受話器が鎮座しています。もっと地味な色を選ぶことも当然考えましたが、ハデハデに決めたのは、せめて色ぐらい元気印にという発想です。寝る時は受話器の部分を寝室へ持って行くだけでOK。
あらためて、お金の使い方を考えてみると、わたしはドバッと使うか、極端にケチるか、両極端の傾向があるようで、平衡感覚が欠如していると思われます。まあ、わたしのドバッなど金額の知れたものではありますが…。
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2015年03月30日

NO…3775

日本でありながら、そこはアメリカという非日常的な体験のできる米海軍横須賀基地で、スプリングフェスタが開催されるから行かないかと嫁さんの誘いがありました。
それで朝早くに家を出て横須賀に行き、いつもの旅のように、近所をぶらりぶらり。まずヴェルニ―公園へ行くと、フランス式公園は幾何学模様に形づくられて美しく、芽吹き始めたバラが瑞々しい茎を目立たせていました。
奥の方には建造されたばかりのヘリコプター搭載艦「いずも」が錨をおろしています。船の操縦部分が片側に寄せて設置されているのはヘリコプターの発着を考えての設計と思われますが、重心が偏らないようになっている技術は凄いものではないかと眺めました。
やがて携帯に電話が入り居場所を言うと息子が迎えに来てくれ、基地に向いました。集まった人の多さ。まあとにかく長い列は道路から始まり、基地の前はわんさの人。ツアーバスも次々と。地元にいながらこんな催しを今まで知りませんでした。
1時間近く並んで入った基地内には、アメリカン屋台が、あっちにも、こっちにも、そっちにも。売っているものは、日本にいくらでもあるアメリカンフード。なのに、所変われば味も変わる…みんな幸せそうな表情をして頬張っていました。
基地を奥まで歩いて行くと、草野球程度のアメリカンフットボールの試合をやっていて、家族らしい女性たちの応援がチラホラ。
海の方を見ると、猿島が、泳いで渡れそうなほど近くにありました。
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2015年03月29日

NO…3774

 桜の開花を持ち、満開の桜をめで、散りゆく桜を惜しむ、 日本人のこのような心情を詠んだ和歌と俳句を並べました。
○ 願はくは 花の下にて春死なむ そのきさらぎの 望月のころ (西行)
○ 春風の 花を散らすと見る夢は 覚めても胸の さわぐなりけり (西行)
○ 敷島の 大和心を人問はば 朝日ににほふ山ざくら花 (本居宣長)
○ いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな (伊勢大輔)
○ ひさかたの 光のどけき春の日に しづ心なく 花の散るらむ(紀友則)
○ 山里の 春の夕暮れ来てみれば 入相の鐘に 花ぞ散りける(能因法師)
○ 世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし(在原業平)
○ 散る桜 残る桜も 散る桜 (良寛)
○ さまざまの こと思ひ出す 桜かな(芭蕉)
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2015年03月28日

NO…3773

「遠く離れても」はドギュメンタリー番組。中国に養子をもらいに行ったのは、ノルウェーの田舎に住む夫婦とアメリカのサクラメントに住む夫婦。どちらも女の子をもらって持参の洋服を着せました。これが不思議、ピンクと白のギンガムのチェック服。気をつけて見ると顔もそっくり。双子ではないかと係りの人に聞きましたが、そんなことはないと言われます。しかし2組の夫婦はDNAを調べてもらいます。やはり一卵性双生児でした。
別々のところに住んでも相手が気になります。手紙と電話のやりとりが続きます。
そしてついに、アメリカの家族が夏にノルウェーを訪問。7歳になっていた2人は同じ服を着て一緒に跳びまわり楽しい時を持ちました。
母親たちは言います。離れていても動作がそっくり、遺伝子の不思議を感じると。子どもたちは言葉も違うけれど、子供部屋に用意されたそれぞれのベッドなどに寝ることなく夜も一緒でした。そして別れ…。
アメリカで、わたしの住んでいたところにもベトナムからの子を育てていた夫婦がいました。この人たちは上に自分の息子が2人いて、3人目が養女でした。向こうでは養子は当たり前に受け入れられていました。
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2015年03月27日

NO…3772

プール友のS氏は碁が飛びぬけて上手だと評判の人です。碁で頭を鍛えているせいか、わたしの誕生日をどこかで聞き憶えたらしく、誕生日に突然、プールの中で「気をつけ」の姿勢をして「お誕生日おめでとうございます」と丁寧に言われ恐縮してしまいました。
そうなると、わたしも「お返しに」相手の誕生日を聞き出し一所懸命憶えました。そして今日がその日なので「お誕生日おめでとうございます」と手を差し出し握手をしました。
この人は「おはようございます」の挨拶を、いつも「敬礼」でします。理由は軍隊に行って、シベリヤ抑留まで経験しているのです。80歳以上で医者にかからない人は、この人と黒真珠の人とわたしだけなので、何となく3人組気分。
その他に大型船の船長をしていた人は、毎日話すことを考えてきて、1話ずつしてくれます。但し水中ストレッチをしながら聞くので1回5分までと制限付き。昨日はアフリカの話だと思えば今日はオランダという風に、あちこちに飛びます。
こんな和気藹々は、学校時代の友だちと変わらないような感じ。休むと病気ではと心配もしてくれます。
帰りがけ、口をモグモグさせながらジムから出てきたS氏、キッドカットの一片をわたしに見せながら「誕生日プレゼントに貰いました」と嬉しそうでした。
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2015年03月26日

NO…3771

わたしがお世話になっている信州の会から新しい同人誌「出現8号」が送られてきました。
今回もわたしは、ブログの古いのから幾つかを転載して誤魔化しました。
ところが、わたしより年配で先輩の方は未だに健筆をふるって堂々たるもの。常に良い水脈をお持ちで、汲めども汲めどもこんこんと湧き出てくる素材は尽きることを知らないようです。
編集後記に主宰者は書いています。「変な世の中になってきたのか、政治がちゃんと機能しているのか、文学が機能しているのか、教育がちゃんと機能しているのか、経済もちゃんと機能しているのか、何から何まで頼りなく、そして隅から隅まで怪しい。総理大臣以下、皆さん、自分の意見を言うばかりで、それじゃあ自分以外の人はどう考えているかまで想像力が及ばない、頭が働かない。聞く気がない。国民全員が自己中(心主義者)になってしまったのか?」
なかなかズシンと来る文章なので、勝手に転載させていただきました。
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2015年03月25日

NO…3770

サンクトペテルブルクへ旅をして、夏の宮殿へ行った時、琥珀の間を見てびっくりしました。ルーム全体に琥珀を貼るという発想をしたのは、女帝エカテリーナ二世だったと。
この人はドイツからお嫁に行ったのですが、夫から愛されませんでした。後に夫の政治が国民から支持されていないのを見て取ると、クーデターを起こし、自分が女帝になります。なかなかのやり手で国も大きくし、今のサンクトベルクという都市をパリに似せて作り、芸術品の蒐集をし、女子教育(バレーなど)にも力を入れるなど手腕を発揮しました。この人には若い恋人(ポチョムキン)がいて結婚もしたようです。その相手がエカテリーナに贈った時計は、小さな部屋ほどもある大きさ。そこにいる黄金の孔雀2羽と梟はネジを巻くと動き出すのを今日見た旅番組ではじめて知りました。
旅を案内したのは草刈民代さん、この人の人間性がよく出て番組作りをを盛り上げていました。
「夏の宮殿の外壁は空色・白・ゴールド。冬の宮殿(エルミタージュ美術館)は、白の混じった緑・白・ゴールドでド派手だけれど、嫌味なし。冬の長い北国ならではの色だと納得します。
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2015年03月24日

NO…3769

ボク、イーナだよ。6歳になったんだ。ボクの従兄弟のタクちゃんも同じ年だよ。タクちゃんはね、小学校に入学するんだよ。
ボクも行きたいけれど、ボク、ランドセル背負えないでしょ。だから入学許可が出ないんだよ。残念だね。
お姉ちゃんがね、お誕生日のプレゼントくれたんだ。ボクがすごーく好きなチーズの匂いがするオモチャだよ。食べ物でもあるんだ。それに、もう一つのオモチャも。
お姉ちゃんはね、犬の仕事のための勉強に東京へ行ったので、お兄ちゃんだけがボクの家に来たんだ。
バアちゃんの作ったご馳走はなんだと思う。ツクシの佃煮だよ。これは毎年1回だけ作るんだよ。簡単な料理だよ。ツクシを軽く茹でて、その湯を捨て、だし醤油でサッと煮るだけさ。
その後、お兄ちゃんとバアちゃんと僕とで散歩に行ったよ。さくらの咲いているところを目指したんだ。枝垂桜は、木全体が赤く見えたよ。横浜緋桜はかなり咲いて、ソメイヨシノも咲きだしていたよ。
ボクの誕生日はこのような良い日になりました。
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2015年03月23日

NO…3768

19日に亡くなった桂米朝氏のことを「枯れ方がきれいだった」と弟子のざこば氏は言いました。こんな風に弟子に言われるなんて、何と幸せな人生だったことか。でもそう言われるには、言われるだけの厳しさを自分に課しながら生きた人ではないか。人の一生は棺の蓋を閉じるときに決まると言います。
今朝のことです。報道2001で「終活ツアー」の特集がありました。さまざまな納骨場所を見学するツアーです。
場所は、@樹木葬、Aガーデン葬、B散骨、Cビルの中の墓、D骨を集めて仏像をつくる所と5箇所でした。
参加した人たちの日常傾向を聞くと、実家が遠い。晩ご飯を独りで食べる。妻は夫のいいなりに生きて来た。ちょっとケチ。人にあまり相談しない。祖父母の話が出ないなどでした。(メモをとりそこなったので、ここは正確ではありません)
現代は、人生の最後を誰もが不安に思いながら生きているように感じます。原因は「戦前は家と墓をセットにして長男に譲った」。ところが今は、親が死ぬと財産は平等に分けることになっています。当然墓だけ継ぐのはごめんだと長男は思うでしょう。
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2015年03月22日

NO…3767

録画しておいた「アンナ・カレーニナ」を観ました。恋愛映画です。恋は人間の奥の奥にある本能から生まれて来ます。この生の根源のところは摩訶不思議、理性では抑えられません。でも、早く言えば、自分の遺伝子を残して行くという無意識下の問題。
夫のいるアンナは、青年ヴロンスキーに一目ぼれ。その情熱に抗しがたく結ばれます。
純粋に恋をしたいアンナですが、この純粋が、80バアちゃんに言わせれば青臭い。訳は結ばれるまでがワクワクドキドキですが、一旦結ばれてしまえば、会ってもその繰り返し…やがて馴れによるわがままや相手に対する欲求で悩むことになります。
貴族社会というのは、おシャレして舞踏会をし、観劇をし、食事をする…これしかない単純な世界ですから、そこへ恋の新風が吹きこまれると、たちまち噂話でもちきり。これが大変。無視して純粋に生きようとするアンナ。ヴロンスキーはどう思っているのでしょうか。結局社会に受け入れられず、夫からは嫌われ、恋の相手には煩がられる…こうして恋は終わって行きますが、今さら帰り場所もなく、ついに鉄道自殺をしてしまいます。
原作がトルストイですから、恋の本質に踏みこんでいます。恋は、結婚する以外は放物線を描いた後に、必ず終わって行きます。これがバアちゃんの見方。おそまつでした。
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2015年03月21日

NO…3766

安藤忠雄という建築家は、個性の後光が射している…大げさに言うとこんな感じです。
28歳で独立、最初に世間をあっと言わせたのが、住吉の長屋。これは家の中を雨の日は傘をささなければ、次の部屋へ行くことができないという奇抜なもの。水の教会、風の教会、ベネッセハウスなど、一度は見たいと思う建物ばかり。
特徴は「コンクリートの打ちっ放し」。これは木枠を組む段階で、取り外した時の美しさが要求され、木枠を留めたネジの位置も揃えて置かなければならないという技術屋さん泣かせの仕事と聞きます。
安藤氏の打つコンクリートは普通より、濃いものを使うとか。この人が絶賛されるのは、建築に詩があるからだとわたしは思います。
個性的な人の吐く言葉はこれがまたたまらない味です。
●ぎりぎりの状態に何度も追い込まれた人でないと、直感力は働かない。最近の若い人には優秀な人材がたくさんいますが、ぎりぎりまで追い詰められたという経験がないから、直感力がないんじゃないかと思います。
●人として間違った道はありますよね。王道、つまりまっすぐな道を歩く途中で、失敗したり迷ったりすることはありますが、軸がぶれるとダメですね。
どうです。人生【軸がぶれないこと】が大切だと…いい言葉じゃないですか。
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2015年03月20日

NO…3765

先週、寝台特急.北斗星が最後の走りをしたと思えば、新幹線が金沢まで延びて鉄道フアンはいずれのプラットホームにも黒山の人。みんな職場や学校をサボッてまで、出かけているのではないかと、わたしは冷ややかな目で見ていました。
ところが今日『僕達急行 A列車で行こう』という鉄道好きな青年(松山ケンイチ、瑛太)を中心にした映画を観て、その気持ちが少し理解できた気がします。
本当に好きというのは、レールがガッタンガッタンかガタガタガタガッターンかなど音を聞き分けて楽しんでいるのです。そして鉄道好き同志は仕事でも簡単に相手を信用でき、素早い解決を見ます。
ついでに思い出したのは、NYで婿さんの従妹の家に招待された時のこと。そこの夫の趣味が鉄道模型。地下室全部が鉄道で埋まっていたこと。1つの街をつくり、人も木もあって、何種類もの列車が走りまわっていたのです。
今回観た映画では、それと同じ規模の鉄道模型をつくっている会社社長が出てきました。
尚、この映画は森田芳光監督のオリジナル脚本で、遺作になったと言いますから、氏も鉄道好きだったのではと、思いを馳せました。
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2015年03月19日

NO…3764

時々、わたしのところにユニセフから、寄付の誘いの封書が届きます。世界の子供たちの命を救うことについて書いてあります。
一方、昨夕のテレビニュースで、世界の人口が70億になったと、このまま人口増加が続くと、大変なことになると言っています。
わたしは思います。個人の立場からの命と、全体から考える命の重さの違いについての矛盾。
さらに中国の一人っ子政策についても。その中国では、男の子を欲しがる傾向があるので、一人しか子が持てないならば、男の子が欲しいとみんなが考える結果、男女の比重が断然男の子に傾いてしまっているのだと。
バングラディシュなどでは、一生に女の人が産む数が6人、先進国の数は、極端に少ない。日本では、やがて人口が7000万人になるだろうとされています。
だから、今に日本中空き家だらけになると。現に土地の値段が下がり続けているーすると、土地神話などがあったのは、はるか昔のことのように思えてくるーこんなにいろいろが、変わってくることを考えると「確かなものは何?」そう人生の根本について、もう一度考えざるを得なくなりそうです。
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2015年03月18日

NO…3763


コタツの上には、PCを2台置いています。するとどうしても、今まで使っていたvistaの方へ手が伸びてしまいます。これではいけない。そろそろ意を強くしてmacに乗り換えようと考えました。
そして、実際使ってみると、macの方がいろいろ優れていることがだんだんに分わかってきました。
macはすぐ閉じたり、すぐ開いたりが、じつに見事。立ち上げるという動作がないのです。今まで億劫がっていたのは慣れていないためでした。
例えば、ゲームのスパイダーソリティアは、今までの方が断然画面が見やすく、カードを配る音などがしてリアルなのです。
昨日、息子が来たので、この話をすると、たちどころに解決してくれました。
慣れてくると画面を大きくしたい時もipadと同じように2本の指を画面に置いて間を広げる動作をすれば簡単に大きくなります。
後は慣れだけ。メールアドレスも変えます。今までのも移転させようかと考えたのですが、大概は宣伝だけなので、これも順に移していきます。
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2015年03月17日

NO…3762

朝の散歩時、いつも野鳥公園一周を右側から歩き出していました。
それを反対回りに変えたのは、1ヶ月ほど前からです。この方が太陽を前方に見ながら歩けることに気がつきました。
昨日など、赤いホウズキのような感じで大きく昇った陽は光が弱くまぶしくないので、何べんも立ち止まって見惚れてしまいました。
公園に入ると間もなく、小さな流れに木製の橋が架かっています。その近くにモクレンの比較的大きな木があるのですが、ついにこの木が春を告げました。花は生成りの絹の色をしています。形はあくまで円やか。例えるとしたら、赤児のにぎった手の感じーそれ以外に例えようがありません。ぷっくりとした手を、お乳を飲ませながら眺めていた日が、わたしにもありました。あのころの、母としての豊かな気持は何ものにも変えがたいものでした。
4人の子はみんな巣立ってしまいましたが、生まれた子を最初に抱いた時のうれしさは、わたしの両腕が、今でもしっかりと憶えています。
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2015年03月16日

NO…3761

昭和41年から今の場所に住んでいますが、我が家の庭の木々は大方のものが入れ替わりました。
ところが同じ頃から住み始めた隣の家は、庭師が造ったまま何一つ変わっていません。
わたしのところは、南側の家との境に植えた木は、最初は、珊瑚樹の垣根、これは成長が速すぎて手を焼きました。次は竹、これは大風が吹くと、しなって南側の家に迷惑をかけるーそれで伐ったのですが、すっかり根絶やしにするには苦労しました。竹は根が四方に張って強さが尋常ではないからです。
また地面を覆うものの選択に、最初は芝生、次は大きな池に40匹ほどの鯉と砂利を周りに。そして今は、草とりが面倒になってタイル貼りにしてしまいました。
木も最初は、実のなる木が多かったのに、今は花を眺める木ばかりと言うように変わっています。
庭師はどんな木が成長が早すぎて狭い庭には向かないなど知って植えるのに対して、素人は自分の夢の実現ばかりに気を取られる植え方をしてしまいます。
更に考ると、これらは住む人の性格と考えることもできます。安定を好む性格はお隣。我が家は移り気。人として信用できるのは、いつも変わることのないお隣のようです。
でも、これは保守的と進歩的性格と言い換えることもでさます。保守的な人は自分の庭を庭師に任せ、庭はこうであるべきと、伝統を守るし、進歩的な人間は、試しながら楽しんで変革して行かなければ、気が済まないーこんな違いのようです。
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2015年03月15日

NO…3760

ジムにはさまざまな宣伝販売が入ります。たいがいは興味もなく通り過ぎるのですが、昨日はその宣伝の場所に知人がいて呼び止められました。
ものは試しと言われるままに指定された椅子にかけました。係りは説明します。
「全然感じないでしょうが14000ポルトの電流が流れて、血の流れを良くしています」
テレビのリモコンの形をした道具を差し出した掌に当てると、ガーガーと電流の通っている証を見せられます。
電流がどうして血の流れをよくするのか。刺激によって停滞している血液が動き出すのか…今一つ分かりませんが、係りは、
「帰宅したら、よく気をつけて身体を観察してください。何かが変わってきます」
そう暗示をかけてきます。
そのうちに、ちょっと太めの若い女の人が「ジムの会員ではないですが、この前、この機器を試して効くように思ったので…」と、おずおず来て隣へ腰掛けました。
ただ座って20分…何が変わってくるのかと疑問に思っているわたしと、身体の具合が悪く、藁にもすがりたい人とがいるわけで、軽々にモノを言ってはいけないと反省。でも買うと60万円もする高いものらしいですよ。
帰宅して早速検索。結局よく分からない世界で効く人には効く…と言うことは、身体と心との関係の不思議さなのかも知れません。
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2015年03月14日

NO…3759

●昨日のつづきです。
友からのメールをここに載せれば、きっと皆さんにも愉しんでいただけると考えました。以下はメールの抜粋です。
【 ベルリンの壁崩壊(1989年)の前、社会主義体制のチェコスロバキアは外貨獲得の狙いから演奏家を海外に盛んに送り出し、日本にも寄越した。その中に世界的に有名な「ヤナチェック弦楽四重奏団」があった。来日する度に日本の各地で20回前後のコンサートを開催する。関わるのはその道の日本の業者だが、その業者は集客のために演奏する先々でその土地のピアニストとのピアノ五重奏曲をプログラムに加える。そのようなことから家内のルミが上野の東京文化会館の小ホールでヤナチェック弦楽四重奏団と共演した(ドボルザークのピアノ五重奏曲)。小ホールといっても750席は満席。1987年のことだった。ルミの演奏も良かった。
 業者がささやかな打ち上げパーティーをセットして私も加わった。五反田の小さな焼き肉屋の2階の窮屈な部屋だった。ヤナチェック弦楽四重奏団の4人はこの夜のコンサートが盛会だったこととルミとの共演が巧く行ったことからご機嫌だった。ルミは神戸の松陰の英文科の出で英会話はある程度できる。ヤナチェック弦楽四重奏団の4人は当時のチェコスロバキアの者たちのことであり、ドイツ語は使えても英語は苦手である。私が通訳するようなことになった。「今日のルミのピアノは良かった。日本にはピアノの上手いピアニストはたくさんいる。でもみなコンピューターのような弾き方をする。音楽でない。ルミのピアノには音楽がある」。
私はハンガリーのチャルダッシュ(ジプシー音楽)が好きで、当時は何曲も諳(そらん)じていてドイツ語で歌うことができた。酔ってその1曲を口ずさんだ。驚いたのはヤナチェック弦楽四重奏団のリーダーでもある第1ヴァイオリンのボフミル・スメイカルだった。「日本にチャルダッシュ好きがいるとは!」。彼はチェコスロバキアで名の知れたチャルダッシュ弾きだった。やおら脇に置いてあったヴァイオリンケースからヴァイオリンを取り出して私の歌に合せて弾いた。
 ちなみに、私がチャルダッシュの虜になったのは映画「未完成交響楽」の場面、村の酒場で百姓姿の伯爵令嬢カロリーネがシューベルトを悩殺して歌う「妾に告げよ」(Sag’ mir’s immer wieder)だった。駒場時代に新宿の名画座に1週間の上演期間中に3度も通って酔い痴れたものだった。K社に入社してドイツやオーストリアに出張したときは、レコード店でチャルダッシュのLPを買い漁りもした。
 天の啓示だった。五反田の焼き肉屋の2階で、「私はエンジニアでドイツにちょくちょく出張する。ルミを連れて行ったら向こうで共演できるだろうか」と、ふとスメイカルにドイツ語で言った。彼はそのとき何も言わなかったが、それからしばらくしてルミに一通のスメイカルからの英語の手紙が届いた。「ご主人のドイツ出張は何時か。そのとき君は一緒にこちらへ来れるか?」。
 私にそう年中ヨーロッパヘの出張がある筈がない。彼女は単身で、勇躍チェコスロバキアでのヤナチェック弦楽四重奏団とのコンサートツアーのために出掛けて行った。海外行きの経験などそれまで皆無の彼女だった。これが彼女の今日に至るチェコのアーティストとの向こうとこちらでの共演の始まりである。ボフミル・スメイカルとは家族ぐるみの付き合いが今に至るまで続いている。スメイカルは亡くなってしまったが、その義理の息子(娘のペトラの夫)がいつも聴いて貰っているヴァイオリニストのフランティシェック・ノボトニーである。】
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2015年03月13日

NO…3758

来宅した友の奥さんはピアニストです。日本風な顔立ちの美人で、黒髪を後ろに長く垂らし、それが舞台衣装とよくマッチしたセンスの良い人。
チェコのヴァイオリ二スト、フランティエシック・ノボトニーさんと組んで演奏活動を続けています。
みやげに頂いたCDを聞きながら、演奏会に、子どもたちを連れて行ったこと、友だちを誘って行ったことなどを思い出しました。
近ごろは「年取ったから、夜の都内までは行かない」と、わたしがわがままを言い、演奏会にはご無沙汰するようになりました。今年も6月に演奏会があるそうです。
お土産に頂いたCDは親しみのある曲ばかり17曲入っています。題名は「Souvenir〈想い出〉」。ノボトニーとルミのデュオ1989〜2014年25年間の思い出とあります。
最初のころの演奏会では、ノボトニーさんはまだ初々しい青年でした。
この2人の演奏で好きなのは、ベートーベンのヴァイオリンソナタ・クロイツェル。これまでに何10回とCDを聞いていますが、未だに聴き飽きることはありません。
posted by akino at 04:22| Comment(7) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月12日

NO…3757

一生のうちに何度も会わない人ですが、会うと幼友だちのような口をききます。青春時代の知り合いで亡弟の友達だからです。
金沢八景駅に10時の約束でしたから、それまでに帰宅してすぐに昼食となるよう朝はてんてこ舞い。9時に家を出ました。
金沢八景からモノレールに乗って、海がきれいに見えるところまで行き、反対から来たモノレールに乗り変えようと言うと、「一旦出て支払いをしないと…」と言います。わたしは大丈夫、大丈夫空いてる電車だからと、狡猾な物言いをしました。
金沢文庫の称名寺に案内したのは正解でした。本人が歴史好きだからです。
電話で「どのくらい歩ける?」と聞いた時、「1Kは歩ける」と言いましたが、まだゴルフをプレーする人だからと、山道のようなところを通って家へ来る計画を立てました。
わたしの用意した昼食を見て、「松本の料理のようだ」と喜びましたが、ちらし寿司は半分も残しました。
3時近くに嫁さんから電話があり駅前のローヤルホストでお茶をしようと言うので、友に「ローヤルホストに行って一緒にお茶することになり、嫁さんにも会ってもらえました。前にも書きましたが、友と言うのは元大会社のオエライさんです。
posted by akino at 00:03| Comment(4) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする