2013年10月31日

あきの80路を歩む・・・3258

Mさんから電話あり。コストコへ行こうと言います。犬の散歩をしなければならないので、もちろんOK。
早めに店内から出てきて、犬とMさんの買い物の終わるのを待っていると、近くのテーブルから外人女性が犬に声を掛けて来ました。「国は、どこからですか?」と聞くと、ドイツからと…。おばちゃん2人と娘の3人で買い物に来たと言います。カートの中には特殊なパンが、3斤くらいが1本になって、それが10本以上はあります。クリスマスのパンで、ドイツでは、クリスマス前から食べ続けるのだそうです。他国に来ても伝統を守っているのは、私たちがアメリカに住んでも、お節料理を食べていたのと同じだなと思いながら聞きました。
そこへMさんが店内から出て来て、英語を使ってみたいと張り切りはじめます。(外人は、誰でも英語と思いがち)ハラハラしていると、相手は、ペラペラの日本語を英語に切り替えてくれました。
Mさんは母親103歳の誕生日祝いの買い物です。お母さんが施設に入り、ようやく老々介護から解放されて一息つき始めています。
夕食に誘うと、今はゆっくりして行かれるようになったと喜びました。

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2013年10月30日

あきの80路を歩む・・・3257

子どもたちが小さい時、「人の生き方と言うのは正々堂々が一番」とよく言い聞かせました。その場しのぎのような小手先を使っても、長い人生の中では通用しないと考えてのことです。こんな当たり前のことしか言わない育て方でした。
例が大きすぎて、気が引けますが、北里柴三郎という人は、明治18年にベルリン大学に留学し、生涯の師ロベルト・コッホ先生に出会います。帰国して福沢諭吉などに支えられながら、自分の目的を形にしていきますが、友の緒方博士が「脚気は病原菌が原因と言うのに、反論」。周りは、人を平気で裏切るヤツと随分批判したようです。それでも正々堂々、自分の信じる道を曲げずに主張、今では脚気はビタミンB2不足と知られています。
私たちの日常でも、些細なところで迷うことがあります。そんなときわたしは、今でも「正々堂々が大事」と自分に言い聞かせることにしています。

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2013年10月29日

あきの80路を歩む・・・3256

月曜日はジムの休館日。炬燵でゆっくりテレビを見ていると、今朝はレンコンについての特集。レンコン好きだから、料理の仕方を見たいと思っていると、何とレンコンは咳に良いと言います。
実はわたし咳に弱く、風邪をひいても咳まで行かないと治りません。今年もインフレンザの予防注射の季節、それに肺炎球菌ワクチンが5年で切れるようなので気になっていました。そこへレンコンの話。
レンコンの粉末を売っているところがあると分かったので、さっそく検索。知らない世界でした。すでに使っている人たちのレビューがたくさん載って、咳に効くようです。
細かく読むと、レンコンだけでなくショウガなどの粉末の混ざったのも有ります。わたしはレンコンの粉だけのを探して、さっそく5袋注文しました。このくらい飲んでみれば、どんなものか分かると思います。今年はインフレンザの予防注射をやめます。

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2013年10月28日

あきの80路を歩む・・・3255

テレビを観ていて分からないところがあると、すぐにパソコンで検索する…これが、辞書を引くより多くなっている近ごろです。
昨日は宮本武蔵「五輪の書」を調べました。人生最後の5年間、熊本の細川家に世話になったとき、洞窟で書いたと言われます。
「五輪の書」は兵法について書いてありますが、人生にも通じるところが多々あるようです。何でも1つのことを徹底して極めれば、他にも応用が利くと言うことでしょうか。
またまた太極拳の話で恐縮ですが、わたしの先生は「太極拳は武道」だとよく言われます。だから、相手の力を利用して闘うものだと。
人との関係がぎくしゃくしたときも、ムキニなって、正面から挑むより、相手を良く観察して、感情の動きを見る。真正面から自分の力だけで、挑むのは得策ではない。「五輪の書」から、そんなことを考えました。

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2013年10月27日

あきの80路を歩む・・・3254

年寄りは…思い出話が好きです。
三男がアメリカのキンダーガーデンの時のこと。ある日ヘビークリームを学校へ持参。(日本で言うホイップクリーム)これをどんどん泡立てて行きます。泡になりますが、それでもどんどん泡立てると、ある時点で分離が始まりバターが出来ます。ポージャン先生は子どもたちに、そんなことを教えました。
ストーンスープというのも教えたように憶えています。メイフラワー号がアメリカのボストン近くに上陸して、人々は土地を開墾するなど農業を始めます。最初の年は作物がうまく育ちませんでした。それでも感謝祭をしてストーンスープをつくったのです。スープの中に小石を入れて具にしたと言い伝えられています。
アメリカにはいろいろな宗教の人たちがいます。でも、それらとは別に、サンクスギブイングは国民的な行事です。アメリカに最初に上陸し苦労した人たちを忘れないための感謝祭です。この日は、日本の正月のように、各地に散っている家族がみんな里帰りして祝います。


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2013年10月26日

あきの80路を歩む・・・3253

伊奈かっぺい氏は職業マルチタレント。この人の面白い話を聞いてみたいと、パソコンを開けました。
青森生まれの伊奈氏は、中学の時に母親、高校の時に父親を亡くしています。20歳から独り暮らしを始めたが、毎晩することがない。そこで日記を書くことを思いついたと。ただし日記には、嘘でもいいから、楽しいことだけ書くことに決めたそうです。
【ある日、部屋に1匹の蠅が飛んでた。表に追い出そうと格4時間。結果は蠅の勝ち。そこで日記に、蠅は頭が悪いが体力はあると書く。その上生きてる相手はこれだけなので、蠅に「良子」と名前をつけた。次の日帰ると、良子はまだいる…「ただいま」と話しかけた。こんな日記を10年続けたが、書いた内容は80%が嘘】
この思いつき日記は、後に本にすることになり、次にLPレコードになって、今の仕事に発展していると言います。話を聞きながら、お腹を抱えて笑いました。とにかく笑わせ上手な人です。
なかでも伊奈氏のふるさとの津軽弁で「枕草子」を読む個所は本当におかしかったです。
まず、枕草子の最初のところを普通に読み、つぎに津軽弁の「梅」で読み変え、「竹」でもう少し進んだ津軽弁を使い、「松」は全く何を言っているのか分からない津軽弁でした。

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2013年10月25日

あきの80路を歩む・・・3252

旅行しようと加入している「ジパング倶楽部」ですが、もう長い間使っていません。JRを使って旅をすれば、切符が30%引きになるのですが…。毎年会費が自動引き落としになっているので、ついついそのままにしているのです。
ここから毎月雑誌が送られて来ます。そのなかに川柳のコーナーがあります。面白いのがあるので抜き書きしてみます。
@ゆっくりと発酵させてゆく余生
A不都合になれば誤解のせいにする
B痛いほど奥歯噛みしめ聴く太鼓
Cきれい事言わせぬ仲のおんな旅
選者の面白いと思うものと、わたしの思うのとでは、異なります。選者が1位にしているのは、「残すもの捨てるもの分け夏終わる」です。

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2013年10月24日

あきの80路を歩む・・・3251

昨日、夕方の犬の散歩をしなかったので、今日はその分の埋め合わせをと、グリーンベルトまで行きました。いつも書いていますが、ここは、海を埋め立ててできた土地。このベルトを境に陸側が住宅団地、海側が工業団地と分かれて、たくさんの木が植えられています。
この木たちが、年と共に大きくなって、今は森と言えるようになりました。だから木の下側は薄暗いほどです。
急に寒さがやってきたせいか、ケヤキの紅葉が進んでいました。下の方は緑色ですが、だんだんと黄色がかり、てっぺんは橙色が混じっています。ケヤキの葉は小さく、枝も細いのが先まで伸びていますから大木なのに繊細。ここに風が吹くとサラサラと優雅です。
犬は落ち葉を選んでガサコソ動き回り、わたしはシニアカーなので、秋を満喫。自分で歩くとなると、ここまで来るのは億劫ですが、車のお陰で遠出が平気になりました。

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2013年10月23日

あきの80路を歩む・・・3250

今日は、めいっぱいたのしい日を過ごしました。町内のバス旅行に参加したのです。
朝、7時集合。バスは川崎まで行って東京湾横断のため、海底に入り、海ボタルへ出ました。
そこから館山へ。@崖観音という奇岩を背景に建つ寺にお詣り。A果物食べ放題を楽しんだ後、横の店で買い物。B南房パラダイス・植物園・動物園へ。ここが実によかった理由は、南洋の植物が種類ごとに分けられて、それぞれの温室に纏められていたこと。蝶の温室、鳥の温室までありました。こじんまりしているところが見やすく、展示の仕方は、イギリスのキューガーデンより良いと思いました。
旅行に誘ってくれたのはリーのママさん、TさんOさんと4人の参加でしたが、町内の人ばかりなので、バスの中は和気藹々。
Cランチは大きな鮨食堂で、丸い鮨の器を2段重ねにした握りずし。D午後は千枚田見学、Eカステラ工場見学、地元野菜・海産物売り場。F最後が「湯の里かずさ」で風呂に入って、再び、海ボタル周りで帰りました。

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2013年10月22日

あきの80路を歩む・・・3249

昔は家の横で庭の伐った木や枯れた草花などを焚きました。だからゴミになりませんでしたが、今は全部ゴミとして出すことになっています。ちょっと庭を片づけても、すぐ大量のごみが出るので…ちょっと気が引けるけれど、出すより仕方ありません。大袋5個とかになるときもあります。
コンポストもあるのですが、これがうまく生かされていません。それで庭の隅に直接茎の長い葉っぱ類などを積んで、ここにビニールを掛けてみました。この方が腐る速度が速いような気がします。
とまれ、夏の鬱蒼とした諸々を片づけたので、すっきりして気持ちよくなりました。
ちょうどわたしの頭のようです。1000円床屋に行って、短く切ってもらうと当分気持ちよく過ごせます。鏡をまったくみないので、たまに鏡に映った自分を見て、ギョッ。
やなせたかし氏ガ亡くなったとニュースに出ましたが、まあ、92歳だったのに皺の少ないこと…あんな人もいるのですね。

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2013年10月21日

あきの80路を歩む・・・3248

ジトジト降る雨の中に来客あり。測量士で、右斜め上の土地の境を確かめたいと。どうやら土地が売れたようです。傘をさして立会い、了解の印を押しました。
わたしの家は北側に道路があって、階段で上がるようになっています。家に向かって右側は住んでいた人が売って、そこに2軒の家が建ちました。南側も売って、前後に分けて2軒建ちました。左側も現在空き家ですから、じきに売るでしょう。ここも2軒になると思います。
国際政治学者の姜 尚中氏と映画監督是枝裕和氏がトーク番組の中で、「家族が変る時は、国家の仕組みが変った時」と言っているように、戦前の家を中心にした考え方から、個人を中心にした考え方に移りました。長男が家を継ぎ、親の面倒を看て、墓を守ったのが変わって、子どもみんなが平等になったのです。
親が死ぬと、育った家が消えて、故郷が持てなくなりました。今は、家は不動産ではなく、動産です。墓はと言えば、親たちは「遺骨は桜の木の下に埋めてくれれば」と遠慮がちに言い、内心心細くなっています。何だか味気ない世の中になってきました。

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2013年10月20日

あきの80路を歩む・・・3247

阿刀田高著「日本語を書く作法 読む作法」の中にこんな面白い箇所があります。
【日本の言葉遊びは本当に多彩である。尻取りから始まって替え歌、しゃれ、早口言葉、漢字に因んだもの、無駄口、回文、いろは歌のたぐい、…中略。川柳、狂歌、和歌だって文学に昇華された遊びと称してもよいだろう】
それで思い出しました。一番上の孫が小さい時、来宅しての帰り、駅まで送りながら、話をつくって、つぎへ渡すという遊びをしました。これがなかなか面白かったのです。
「さかちゃんは、今日おばあちゃんと天国へ遊びに行きました。→天国はとても遠くて、行っても行っても着きませんでした。→横を見ると何とアポロが通るではありませんか」
と、こんな具合でした。
回文というのは、上から読んでも、下から読んでも同じ。【くどくど口説く】【和歌山や遥か光るは山や川】【サイナラ。祭りは終わりつまらないさ】【世の中ね、顔かお金かなのよ】うまいこと考える人がいるものです。
それより何より、1つも同じ字を使わなくて深いのはこれです。【いろはにほへと、ちりぬるを、わかよたれそ、つねならぬ、うゐのおくやま、けふこえて、あさきゆめみし、ゑひもせす、ん】

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2013年10月19日

あきの80路を歩む・・・3246

犬の散歩に行くと、いつも釣りをしている人に会います。
「釣れますか? 」声を掛けると、それをきっかけに犬を撫ぜてくれるようになりました。
「おふくろが猫をたくさん飼っているんだよ。ノラもいれると15匹さ。それに食べさせるために、魚釣っているんだよ」と。どうやら仕事を持っていない人のようです。
猫15匹の人の息子なら、人柄がよいはずと見当をつけて、
「ねえ、わたしが自分の息子に頼んでやってもらう程度の仕事を、してくれない? 」
「いいよ。何をやるの? 」
「ペンキの部分塗り…」
「それくらいならできるよ」とさっそく来てくれました。鉄錆が出ているところに案内すると、明日から来ると言います。わたしはその後、夕暮れなどなんのその、シニアカーに犬を乗せて、ペンキや刷毛ローラーなどを買いに走りました。
今日の午後来てくれ、気がかりな部分の錆落としとペンキ塗りをしてくれ、明日もう1日来る約束をして帰りました。
家の手入れは、もうしないと決めていたのですが、雨が漏るようになっても困るので、こうして最低限をやることに…。お金の相談はしていません。本職より安いだろうと考えているのですが…。

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2013年10月18日

あきの80路を歩む・・・3245

「世界ふれあい街歩き」でカナダのケベックを観ました。お城のようなホテルが聳えている街に行ったのは、ニューヨーク時代。プリンスエドワード島からの北上でした。
面白いことに、カナダでもここだけはフランス語を使います。「ケベックに行って英語でしゃべると返事をしてくれないよ」行く前に、友は笑いながら教えてくれました。
最初カナダへ行ったのはレークプラシッドから。湖畔に家を借りて過ごしたときにモントリオールまで行きました。つぎは両親をアメリカへ招待した時。ナイアガラの滝を見に行きました。カナダ側に泊った翌朝、父は朝の散歩に橋を渡ろうとして「コラコラ」とお巡りさんに言われ、アメリカ側まで行くことができずに引き返して、みんなに笑われました。
3回目がケベックでした。この時の帰りは、夫婦が交代でぶっ通し運転してニューヨークまで11時間で帰りました。後は数年前バンクーバーからトロントまでの汽車旅です。
秋になると、メイプルの紅葉とともに懐かしく思い出すカナダです。

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2013年10月17日

あきの80路を歩む・・・3244

「ミトコンドリア」名前は知っていても、どういうものか理解できません。でも、とにかくこれが、生命維持を司っているのだと分かりました。
この話をラジオでしたのは、慶大の伊藤裕医学部教授。(番組・ナイトエッセー)
【いつまでも元気でいたいなら、体内のミトコンドリアを元気にしておくこと】
働き者のミトコンドリアは、体の中のどこで一番活躍しているかと言えば、 腸と腎臓。生命維持には、食べ物を吸収するところと、排泄するところ…この2つが肝心。
ミトコンドリアが元気をなくすと老いる。では、ミトコンドリアを元気にしておく秘訣はあるのか? あります。それはミトコンドリアを、虐めるのがよいと。虐め方は次の方法。
@20〜30%食べ物を制限する→飢餓状態をつくってやる。
A運動をする→酸素不足にしてやる。(毎日20分〜30分)
B最後に、ミトコンドリアのペースを乱さないように働かせるには、体内リズムを守る。つまり規則正しい生活をすること。

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2013年10月16日

あきの80路を歩む・・・3243

15日午後は雨。台風が明日朝、東の海上を通るためです、こんなときは天気予報がぴたりと当たって灰色に包まれた午後になりました。早々に出した炬燵に足を入れると、妙な落ち着きがあります。
屋根を打つ雨、庭の木を揺らす雨。一本きりになった黄色の百日草も雨に大きく体を揺すらせ気持ちよさそうです。
手持無沙汰のイーナは道路から、少しの音が聞こえても、敏感に反応して素早く見周りに走ります。自分の出入口を通り抜ける素早さは驚くほど。
わたしはパソコンの中のyou tubeで、加古隆に出会いました。「パリは燃えているか」「「黄昏のワルツ」などが収録されている1枚を後生大事に聞いていたのに、何と一気にいろいろ聞くことができました。こうなると、CDは過去のものにして、パソコンから好きな曲を選ぶようにしたい…そんなことを考えたりと、暇でゆったりした午後になりました。

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2013年10月15日

あきの80路を歩む・・・3242

またまた映画の話、BSプレミアムドラマ「明日への遺言」です。
第二次世界大戦終了後、B級戦犯裁判をたった一人で戦い抜いた岡田資(たすく)中将の誇り高き生涯を描いた感動作です。原作は大岡昇平の「ながい旅」。監督は小泉堯史氏。
横浜裁判と言われる、BC級戦犯の法廷が舞台で、法廷場面が約1時間つづきます。わたしはじっくり聞いたので、この裁判の内容がよく分かりました。
岡田中将とその部下は、無差別攻撃を行った米軍戦闘機搭乗員を処刑した罪に問われたのです。裁判中、岡田中将の毅然とした態度、人間の品格を描いた作品と言えます。真摯に静かに淡々と進む法廷場面の後、昔の銭湯のような風呂に戦犯みんなが入る…ここで岡田が歌いだしたふるさと。「志をはたして、いつの日か還らん…山は青き故郷、水は清き故郷…」みんなで合唱する場面は、やはり泪が出ました。
法で認められた「報復」であると証言すれば罪は軽減されただろうに、大量殺戮者の「処罰」は正当であると主張し、責任はすべて自分にあるという立場を貫いて、岡田中将は13段の階段を上って行きます。日本人の素晴らしさを感じた、ほんとうに良い映画でした。

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2013年10月14日

あきの80路を歩む・・・3241

JR九州に誕生した豪華列車「ななつ星」は超一流の日本工芸品を採用したことで話題になっています。人間国宝柿右衛門に陶芸を依頼すると、実用的なものならつくっても良いと快諾。頼んだ方の、水戸岡鋭冶氏が信じられないという顔をして喜びを表していました。柿右衛門氏はこの仕事を最後に永眠。顔や手を洗う洗面器が九谷焼のあの繊細な色付け陶器なのです。凄いなあ〜。
ことほど左様に、ヒノキのシャワールーム、車内の内装はすべて超一流工芸品。もの凄いもので、信じられないほどです。
死ぬまでに1度こんな列車に乗って見たいと考える人が多く、旅行セットを発売すると、数十倍の倍率で抽選、予約は数カ月先まで埋まったそうです、
西洋的な豪華客船とは一味違う、もっと日本的な美。財布が許すなら、死ぬまでに乗ってみたい…わたしも、そんなふうに気持ちをそそられました。

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2013年10月13日

あきの80路を歩む・・・3240

BS歴史館は、楽しみにしている番組です。その中でも、群を抜いて面白かったのは「応仁の乱」。どのように面白かったかと言えば、日本中から27万もの兵が京都へ。あっという間に3万軒も焼きつくし、しかも11年も続いた戦いであったこと。
ところが、この戦いは「誰と誰が何のために戦ったのか? 誰が勝ったのかなど、何も分からない戦いだった」と。でも後から考えると、これが日本人の精神的な価値の転換点になっていると言えるのだそうです。
訳はすっかり疲弊してしまった京都を逃れて、さまざまの段階の人が地方へ行きました。そこで、地方文化と京都の文化が混ざり合い、新しい日本が始まったと考えられるから…。
因みに足利義政は29歳なのに隠居したがり、そのことが戦争の原因をつくったと言えなくもないそうですが、この人がいたことで、茶道が出来、茶室と言う考え方ができ、華道なども、みんな始まっているのだと。
とまれ、日本人の転換点はここだったとすれば、、次の転換点は現在ではないかと言います。考えて見ると、現在、家の問題、葬式の問題、墓の問題などを含め、まわりのいろいろがどんどん変化していると思いませんか ?

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2013年10月12日

あきの80路を歩む・・・3239

バッテラ.とは、しめ鯖の押し鮨のことをいうようです。しめた鯖を鮨板に乗せ、棒状にして竹の皮で包んだものが、小舟を連想するので、この名前がついたと。
バッテラは、ポルトガル語で小舟を意味するバッテイラから来たものだと言います。
夕がた散歩のついでにジャスコに寄ると、サンマを鯖の押しずしのようにしたものを売っていました。入れ物は竹の皮ならぬプラスチックのボート型に、かば焼きにしたサンマがのっています。
「サンマ寿司はいかがですか? 」白い上っ張りに白い三角巾で髪を覆った店員さんが宣伝用を1つ手渡してくれました。
サンマ鮨をカゴの中へ入れるとき、ふと娘の顔が浮かんだのは、この夏、一緒に買い物に行った時、バッテラ鮨を求めて、夜、糖質オフ、カロリーオフのビールといっしょに美味しそうに食べていたのを思い出したからです。

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