2012年01月31日

あきの80路近くを語る・・・2574

ジムが休みなので、思い切って遠出の散歩。厚着をして帽子に手袋、首もぐるぐる巻き。こうなると取り回しが悪く歩きにくい。マスクをしていましたが、すぐにはずしました。
風が冷たいので寒さを強く感じます。犬は寒さもなんのその、強くひっぱりながら、あっちの落ち葉だまりに寄っておしっこをかけ、こっちの低木におしっこをかけたりとご機嫌です。船だまりまで行くと、水鳥たちも水から上がって、日向ぼっこをしていました。
帰宅してパソコンをあけると、雪国の友だちのブログは、雪、雪、雪。寒いぐらいで文句を言っていては申し訳なくなります。
近頃は雨季には大雨、冬季には豪雪、なんでも大盤振る舞い過ぎます。やっぱり地球がおかしいのではと、テル友に言うと、「あなた、鎌倉時代にだってこれくらいの気象異変はあったのですよ」と言われて、ギャフン。
そう言えば、鎌倉の大仏さんところまで、津波が押し寄せたと聞いたことがありました。

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2012年01月30日

あきの80路近くを語る・・・2573

刺すような寒さが続いています。庭の木の葉たちも、この寒さで緑を「寒さ色」に変えました。目下、雨戸の開け閉めだけに庭に出ますが、その葉の色を見ると、一層寒くなって、身震いしながら家に飛び込む始末。
こんなときに「凜」として茎を長くし、葉を長くして、クリーム色の花をつけているのが水仙です。厳しい季節を選んで咲く花に心打たれます。
厳冬に人生の花を咲かせる人はいるかなあ…と考えますが、これは難しいようです。ただし厳冬を通った人が咲かせる花は一味違う…こんな人ならいるかも知れません。なぜかと言うと「人は苦しい時に成長するけれど、楽しいときには成長はしない」と言った人がいますから。
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2012年01月29日

あきの80路近くを語る・・・2572

次男家族が来ると、今までハイハイしていた子が歩くようになっています。家の中にある電気製品のボタンが珍しくて、あれもこれも押し歩きます。
子ども二人分はプラスチックのマンガ皿にご飯を盛ったのですが、さあ肉を焼く段になって、「焼いてすぐ食べないといおいしくない」「はい、こっちスプーン」「お母さん、ソース」「うわ〜ん」「犬つないでおかないと」「ご飯よそおう」などなど、かしましい食卓。
「お母さん、この家、寒いよ」「そんなはずないけど…おかしいねえ」「もしかして、リオちゃん、押したんじゃない」「こら、リオ」などなど。
「お前たち、こんな寒いところにいて、風邪でも引かすといけないから、早く家に帰ったら…」ということで、忙しく帰って行きました。
今は、ストーブは暖かく燃えています。やれやれ。
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2012年01月28日

あきの80路近くを語る・・・2571

表日本は雨が降らない…裏日本では雪がやたらと降る…この二つが重なり、おまけに気温も低いと、野菜がバカ高。
こうなると物価にたいして戦闘態勢にはいります。
今日は安い八百屋と魚屋目指してバスに乗りました。杉田というところまで乗ったのですが、どうしてかバスの中はオール年寄り。席を譲るような若者がいないので、私などが、すっと立って、「どうぞ」ということになりました。
せっかく来たからと、あれもこれもと買うから持ち切れないほど。バス停近くに自転車を停めておいたので、そこからは自転車のかごにテンコ盛り。ネットをかけて、坂を漕いで上がりました。
われながら、やることは若い…とニンマリ。
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2012年01月27日

あきの80路近くを語る・・・2570

以前、電子レンジを買うとき、いろいろな機能をもっているのを選んだのですが、結局は温め専門。他の機能は試しては見ましたが、よくなかったのです。
それで少し幅広のトースターを買って、グラタンなど作るのはこれにしよう考えました。Tつ道具が増えると置き場所を考えます。昔やっていたようにレンジと重ねることにして、動かしました。
すると、レンジが壊れてしまい、ウンともスンとも言いません。仕方なく今日はレンジの単純に温め専門を注文しました。
このように年明けに「大吉」が出た後は、良いことがありません。
温めるのは日に何度も使いますから、壊れると不便このうえなしです。
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2012年01月26日

あきの80路近くを語る・・・2569

「旅のチカラ」という番組で、女優の浅田美代子さんが動物愛護の先進国ドイツへ旅します。まず日本と違うところは、ペットショップで犬が売られていないこと。
犬をほしい人は、ブリーダー(法律で生後2か月前の売買は禁じられている)から直接買うか、番組に出てくる場所で捨てられた犬を貰うことです。ここは児童相談所のように、人と犬の相性まで調べ、何日か一緒に暮らさせ飼い主として適格かどうかを調べてから飼うことを許可します。
番組は、わたしの犬に対する認識を変えたほど。犬の幸せを考えるとき、まず犬は人間ではない…犬として認め教育し、ともに暮らすようにすることを知りました。「愛玩」という考え方は間違っているとも思いました。
それにしても、その施設が広大な土地にのびのび暮らせるだけの近代設備を持っていることにドイツという国の凄さを感じました。
(この番組の再放送は、たぶん土曜日、BS3朝7時45分からと思います。不確かなのでチェックしてください)



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2012年01月25日

あきの80路近くを語る・・・2568

メアリーさん H
メアリーさんは無宗教.。モルモン教のおひざ元で育ったけれど、理性的な人だったからそれを認めたくなかったのだと思います。わたしたちは老いや死についてよく話しました。アメリカでは親の面倒を見たくないけれど、親が死ぬと財産にワッと子どもたちがたかると言いました。最後は太平洋にドボンすると笑っていたのは、死がまた遠い先のことだったからです。
でもメローが亡くなったあと、モルモン教に入信したのを知って、メローの死がよほどのショックだったと思いました。プエルトリコへ活動に行ったのは、看護師の資格を持っていたからだとわたしは考えます。
連絡はメアリーさんのお姉さんところへするようにと言い置いて行ったきり連絡が取れなくなってしまいました。
最後に会ったのは、NYのわたしの家へアイオアから長距離運転をして来てくれた時です。一人息子の嫁さんと孫が一緒でした。

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2012年01月24日

あきの80路近くを語る・・・2567

メアリーさん G
昭和43年ごろ、日本にはダイエットと言う言葉はありませんでした。そんなときにメアリーさんは、プクっとホッペをふくらませては、太ることへの警戒話をします。日本人にとっては、まったく現実味がありません。それが今は、日本中の関心事になっているのがダイエットですから世の中は変わりました。
当時、聞いたわたしは、アメリカはおかしな国だと批判的でした。太るのが心配なら食べなければよいのに…と思いました。
ところが、やせるのは簡単でない…今の日本人なら、ほとんどの人が体験済みです。こんな世の中が来るなどとは予想できませんでした。ましてやダイエット食品が大量に売られる時代です。まったく日本人のほとんどが太ることを警戒する時代が来るとは…。

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2012年01月23日

あきの80路近くを語る・・・2566

メアリーさん F
言葉がなくても、気持ちは通じるものです。やがてメアリーさんは帰国しました。
それから三年経って、昭和48年にわが家族は夫の転勤でNYへ住むことになったのです。
メアリーさんはぜひ寄るようにと手紙をくれました。夫は先に赴任したので、わたしと4人の子どもがシカゴ空港に降り立ちました。メアリーさんは夫のメローと二人で三時間かけて、アイオアから迎えに来てくれました。それからまた三時間、左右に広大なトウモロコシ畑を見ながらメアリーさん家へ行きました。
日本のときと同じように、ご飯を炊いてハムを焼いてくれたのです。子どもたちもハム大好きなので大喜び。わたしのアメリカ第一歩も、このなじみのあるごちそうで、すっかり緊張が和らぎました。

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2012年01月22日

あきの80路近くを語る・・・2565

メアリーさん E
月〜金まで来るようになって、3か月ほど経ったとき、根岸にあるアメリカ軍の住宅が空いたので引っ越すことになりました。
せっかく友達ができたのに越したくないと悩んで、一晩で灰皿が山盛りになったと言いました。会う前は、夕方になると近くの石油庫から、たくさんのトンビが飛び立ち弧を描くのを見ては、孤独を慰めていたと。だから別れたくないと繰り返します。
そこでわたしは提案しました。「毎月曜日9時に来て、夕方までいたらどうですか」と。
メアリーさんは喜んで、アメリカへ帰国するまでの間、ずっと通ってくれました。子どもたちも「メアリーおばちゃん」にすっかりなつき、メアリーさんも自分の子供のように可愛がりました。
昼に食べたものはインスタントラーメンが多かったです。
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2012年01月21日

あきの80路近くを語る・・・2564

メアリーさん D
夕飯に、夫婦を招待してくれました。アメリカ式のディナーはこのようにするのかと「百聞は一見に如かず」で、すべて勉強です。
ごちそうは2Kはありそうな缶詰めのハムを、イカの表面に包丁を入れるようなひし形模様にして、ここへドライ・ハーブのクローブ(黒くてとがった種のような感じのもの)をそれぞれのひし形の真ん中にさしてオープンで焼いたものです。後はマッシュポテトとサラダぐらい。日本人のように人を招待するときに、大げさな準備をしないことを、教わりました。
これは以後も、何回かメアリー家の食卓にでたものです。どうも料理は上手ではなさそうでした。
わたしの方はというと、日本の正月に招待。そのために、おとその道具や重箱などいろいろな漆器類を無理して買いました。おかげで今も役立っていますが…。
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2012年01月20日

あきの80路近くを語る・・・2563

メアリーさん C
人物像書くのを忘れていました。
メアリーさんは52歳、おばあさんに見えたのは、背中の真ん中辺が曲がっていたからです。夫のメローとは同い年でした。
早くに両親を亡くし5人姉妹で助け合って生きて来たと言います。メローと結婚してから、メアリーさんが働いて夫を大学卒業させました。その後今度はメローが働いて、メアリーさんを大学に行かせたのです。とても仲の良い夫婦でした。メローは陸軍の会計士の仕事をしていました。メアリーさんはアメリカでは看護婦長をしていた人です。子どもはジョンT人だけで、ユタ州の大学に行っていました。
韓国に3カ月ほどメローが出張したときのこと、毎日手紙を書き、時にはテープも入れると言います。「あなたは夫と子とどっちが大切ですか? 」そう聞いたとき、それは夫だと答えて「夫はsame life だけれど、子は different life だから」と言われたことに、えらく感激したことを憶えています。
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2012年01月19日

あきの80路近くを語る・・・2562

メアリーさん B
翌日から10時にわたしの家に来ることになりました。夫を送り出し、娘を小学校へ、長男を幼稚園のバス・ストップまで送り、洗濯をすませ、家を片付けて迎えるのです。
今考えても、よくやったなあと思いますが、できたわけは、なんでも手早いけれどいい加減な性格に因ります。
勉強を教わり、教えるという出発も2日目には方向転換。何となくしゃべったり、庭仕事をいっしょにやったりの日々になりました。おかげで英語は、未だにブロークン。
元来、努力しないで、「いつの間にか身に付かないかなあ」と考える方なので、本物にはけっしてなりません。
メアリーさんは庭で、挿木のアメリカ流をやりました。日本の挿木と同じやり方ですが、違うのは挿したところに茶色のビン(コーヒーのクリープの空きビン)をかぶせるのです。いろいろなものを挿木してくれました。

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2012年01月18日

あきの80路近くを語る・・・2561

メアリーさん A
次男はおとなしい性格ですから、2時間亀の子の上で持参したオモチャで遊んでいました。
さて、勉強といっても教科書があるわけではなし、思いつくままをメアリーさんが英語で言うと、わたしが日本語で言うというようなやり取りだったと思います。
「It is so beautful」これにはprettyという言い方もあるなど。
「花、きれいですね」と、こんなやりとりでした。
メリーさんは日本語をpxで習っていました。でも実際に話すのは難しい。そこでこんな簡単なことを、月から金までやり取りしたのです。
そのうちに気が合う人だとわかり、どういうわけか言葉がなくても話ができるようになっていきました。単語だけでかなり深い話をしたように覚えています。
翌日からは、子どもがいるので、わたしの家にメアリーさんが来ることになりました。


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2012年01月16日

あきの80路近くを語る・・・2560

メアリーさん @
昭和45年前後の話をします。
次男が歩き始めたころのこと。子の後ろについて歩いて行くと、角を2つ曲がったところで年配の外人に会いました。どうやら目の前の家に住んでいるようです。
その夜、帰宅した夫にその話をすると「英語を教えてくれないだろうか」と言います。夫は半年くらい先に、会社からアメリカへ短期留学するよう言われているので英語の実際を勉強したかったのでした。
そこで「わたし、明日行って聞いてみてくるよ」英語など喋れないのに、平気でそう言ったのです。
翌日、庭の花を切って持参し、頼んでみました。
相手は「ワンダフル」とニッコリ。そして上がれと言います。カレンダーの近くへ連れて行き説明したことは、どうやら「明日午前9時にここへ来るように」と言った気がします。夫のことを頼んだつもりが、わたしが勉強する羽目になってしまいました。
翌朝9時、二男を亀の子で背負って出かけ、その亀の子を床に敷いて座らせ、試行錯誤の勉強がはじまりました。
しゃべれないばっかりに、こんな間違いが起こったのです。
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あきの80路近くを語る・・・2559

次男が来て、ハ゜ソコンを復旧してくれましたが、ハ゜ソコンは、わたしより一歩先に認知症になっています。あれもこれも、何もいっさい記憶していないのです。
これには困りました。おまけに性格のいい加減がたたって、元来大切にしまっておかなければならない関係書類等、「さてどこへしまったかなあ」とわたしも記憶喪失状態。
「お母さん、透き通ったケースにいれていたでしょ」こう言われて、ようやく思い出しました。探していたところとはまったく別なところに、きちんとクリアケースにいれ表書きしてありました。
「あ〜、よかった」と安堵したものの、書き出しの如くに、機械の方が、認知症にかかって、効く薬もありません。
途中まで書いた2月しめきりの小説も、最初から書きはじめることになります。
新年にジムのおみくじで「大吉」が出て体重計をもらったものの、今はこれらの運も霞みました。
人生山あり谷ありーーさて、今日より頑張るより仕方ありません。
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2012年01月15日

あきの80路近くを語る・・・2558

これから1か月はキリキリとした寒さを感じる日々となります。北国の人たちに申し訳ないと思っても、横浜でも、それなりの寒さを感じます。だから早朝散歩はやめにしました。わたしにとってはゆったりした朝でご機嫌ですが、犬は不満のようす。
昨日のお茶飲みの席で「わたし犬に気兼ねをしてしまうんです」と言ったら、隣のiさんは大笑いでしたが、どうもいっしょにくらしていると、何時の間にか同居人のような気の使い方をして、「寒いから、散歩嫌だな〜」言いながらイーナの顔色を見たりします。それでも、寒さには負けて、午後1度だけの散歩にしています。

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2012年01月14日

あきの80路近くを語る・・・2557

一時きっかりに、5人がsさんが宅に行ったのは、約束時間を守ったというより、みんなが集まるこをどんなにか楽しみにしていた証拠です。食卓にはお茶の用意がしてあり、北陸金沢のモナカが紅白で年賀特別なものだと説明があると、話はこのモナカを中心に始まりました。
それからは、かしましくなる一方、出る話は右から左まで何でもありで、笑い転げました。
わたしは、一昨年、マンションに住みたいと考えたことがありますが。sさんの「みんなで助けるからここでいっしょに年取って行こう」と言われたことで、死ぬ日までここにいたいと決心した話も披露しました。

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2012年01月13日

あきの80路近くを語る・・・2556

わたしの関係している「文章教室」も文集が「あじさい第18集」となるようです。一年に一冊ですから18年以上経っています。この間に人の出入りは多くありましたが、最初からの人たちが頑張っています。
そうなると、メンバーは当然、高齢になります。亡くなったり。病気の方が出て、継続が困難になってきました。今年度の責任者を引き受けておられるs氏が、複雑な思いを書き送ってくださいました。「残されたたそがれ時をたいせつにしたい」と。この「たそがれ時」という言葉は、岸恵子さんのつかった言葉の引用です。味のある言葉がでるのは、本人の中身が言葉と同じ程度につまっていることと、わたしは何だか、そこに感心してしまいました。
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2012年01月11日

あきの80路近くを語る・・・2554

たった鼻の奥の一か所がむずむずしているだけで、気になります。それが土曜日からのこと。普段この症状は、風邪をひく前兆なのですが、今回は、ぜったい風邪に発展しないよう、菌と戦争しようと決めました。土曜は温かな部屋から1歩も出ないで、「アセス」という口腔殺菌剤を鼻から通すのと、うがいを朝晩しました。日曜日は犬が散歩に行かないとストレスを感じるらしく、いつも引っ張り出さないものを引っ張り出すなどいたずらをします。
それで、犬の散歩にマスクをしていきました。月曜日も同じ。
火曜日は、もう大丈夫とジムに行ってプールに入り、午後散歩もしました。
帰宅して、過日、息子家族が来たときに忘れて行った「ドライノーズ・スプレー」を取り出して、鼻の穴にプープーと吹きかけておきました。
絶対に風邪をひかないぞ…もっか挑戦中。敵の居座っているのは、左鼻穴の奥なり。

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