2011年04月30日

あきの70路を語る・・・2300

「さわやかウインド」というテレビ番組は、バックに音楽があって、いろいろな風景を見せるだけですが、だからこそ…良いのです。
飛行機が富士山の上を飛んで火口を見せてから、アルプスをまわって最後に噴煙の上がる浅間山の上に行きました。槍、穂高、上高地、梓川、乗鞍、鹿島槍など、わたしの青春と重なります。山々に慰められながらの日々でした。山は何もしゃべりませんが、こちらの精神状態で、いろいろな表情を見せてくれました。
年寄りというのは、とかく故郷のことを言いたがるようです。殊に「おひさま」を観るために忘れていたことが、あれこれ出てきてしまいます。
ドラマは、方言を、ちょこっ、ちょこっとしか出しませんが、わたしは帰郷すると鉄砲玉のように方言をしゃべります。ところがずっと住んでいる友だちは、そんなに方言をつかわないので…まことに物足りなく感じます。

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2011年04月29日

あきの70路を語る・・・2299

ドラマ「おひさま」の話。二男が予科練を受けると聞いた翌朝、父親は諏訪神社まで行ってお札をもらって来た場面がありました。
わたしの父も、弟がT大受験のころ、毎朝どこかへ出かけます。家族がどこへ行くのだろうと不思議がっていると、何と氏神様、天神様、筑摩神社に合格祈願に行っていたのです。神社の数が多ければご利益が多いということもないのではと大笑しました。
そのころ田舎からの受験は、たいがいT大学だけでした。前に書いたことがありますが、弟は炬燵では眠くなるからと、机に向かって勉強しました。マイナス7度くらいは当たり前の松本の冬、ストーブなどなし。父は机の脚を麻袋で囲ってやったりと気を配りました。
今、家族の幸福度は、どこの国が一番かと調査した結果は、豊かな国ではなく「バングラディシュ」がトップだったように憶えています。

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あきの70路を語る・・・2298

膝が痛いのは、老化のせいと思って、諦めていました。今日ジムで84歳の元気な人にこの話をして、「どこもなんともないのですか? 」と聞くわたしに、
「いいえ、腰と膝が痛くて1年半も医者通いしましたよ」
「どんな治療したのですか? 」
「背中を引っ張るような機械で背筋を伸ばしたり、オン湿布のようなことをやったり、いろいろしましたよ」
「それで、どれが効いたと思われますか」
「ヨガですよ。あれが効いたと思いますよ。ヨガのコースをとることをお勧めします」
と言われます。
連休明けからヨガに顔を出してみようと考え始めています。今やっている太極拳もつづけるつもりですが、太極拳をやって足が弱くなってきていることを痛感します。ちょっと足を上げるとよろよろしますから。なお、ビタミンB1が良いと教えてもらったので、飲み始めています。

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2011年04月28日

あきの70路を語る・・・2297

原発の情報を説明する枝野官房長官について、夕刊「特集ワイド」を読むと、なぜあの人の話は分かりやすいかについて書いてあります。
「声のトーン、話すスピードともに安定していて、とちりが少ない」と言うのは、フリーアナウンサーの梶原しげる氏。枝野長官の話す速度は1分間に316から340字だそうで、磯村尚徳氏と同じスピード。ちなみに久米宏氏は1分間760字だと。(一般のNHKアナウンサーの読む速度は400字弱) 枝野氏は、最初から最後まで表情があまり動かない、質疑では記者の目を見て質問を聞き、答えると絶賛。
ほめる人があれば、けなす人もありで、こちらは企業の危機管理コンサルタントの田中辰巳氏。言質を与えない、後で責任を問われないような言い方をすると。
人はなんとでも言いますが、この人がこの立場にいて説明するのは、影響が大きいだけによくやっていると、わたしは思います。

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2011年04月27日

あきの70路を語る・・・2296

Kさんは芽吹きのころが好きだというので、ではそのころいらしてくださいと、去年の秋に約束しました。
いつまでも長い冬が、あって桜が咲いたのはつい最近。そう思っていたのに、今日公園のベンチにかけて、辺りを眺めると、何と、芽吹きなど知らない間に終わって若葉というより初夏の色に変わっていました。
風も初夏を思わせるような心地よさです。もう週末は連休が始まります。震災に気をとられているうちに、春は足早に去ろうとしています。
テレビは夏の消費電力を話題にし始めています。もちろん節約を頑張るつもりです。捨ててしまったすだれを思い出しました。でもすだれは外につけるので脚立に乗らなければならない。それはダメ。そこで窓で熱反射をするブラインドを…。風が通って暑さが入らない。夏らしいムードがあればしめたもの。PC調べに熱が入ります。

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2011年04月26日

あきの70路を語る・・・2295

昨日の山道歩きには、もうひとつ良いことがありました。畑の中の道を市民農園の方へ向かって歩いていると、土手の草刈をしたばかりらしく、横倒しになった草はまだ生き生きしています。見ればその中に蕗も…
「あの〜、この蕗もらってもいいですか」草と一緒に切られたままの蕗を見ながら声を大きくしました。
「どうぞ、どうぞ」と、人のよさそうなおじさんは網の囲いの中から答えてくれます。そればかりか、気が付くと、「ハイ、これも」とわざわざ蕗だけを切って持ってきてくれました。「葉っぱのところは置いて行ってもいいですか」などと図々しく茎だけをもらって帰ったのです。
さっそくキャラ蕗にしましたが、あまりにおいしかったので、今日はもうありません。
ここは、漁村の人たちがやっている畑で、人の温かさは格別。とにかく村の中では人と人との距離が近いようです。その関係を、わたしにまで分けてもらえました。

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2011年04月25日

あきの70路を語る・・・2294

晴天です。山道を回って海側におりることにして、家を出ました。近ごろは膝が痛いので、早く歩けません。前は痛かったり、治ったりしていたのですが、今は、右膝に痛さが確定された感じ。しかたないので、騙しだまし使っています。
山道を回る楽しみは、土・日に農家の直売所が出ること。春菊でも買おうと考えて、袋も持たずに家を出ました。ところが今日は少し早めに行ったせいか、いろいろ売っています。チューリップの後に植えようと、ペチュニアとベコニアで10鉢。それにトマトとピーマンの苗を買いました。プラス野菜を何種類か。
さて、ビニール袋6個を下げてみると、かなりな重さになりました。苗に土がついているからですが、新玉ねぎの1K袋も重い原因。来た道を引き返そうと迷います。そのほうが近いのですが、それでは犬が承知しないだろうと、予定通り歩くことにしました。
泣きたいほどの重さです。T歩、T歩、足を前に出していれば、いつかは家に着くだろうと諦めて、頑張りました。

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2011年04月24日

あきの70路を語る・・・2293

震災で毎日暗いことばかりを書く新聞社も、土曜の夜ぐらい明るいニュースを届けようと気配りをしているのでしょうか。その証拠に、
@「芽生えた恋」(南三陸町)という大きな見出しがあります。避難所の男性とボランティアの女性。女性には男の子が1人います。この町でいっしょに歩んでいく…ないないづくしの被災地で生活を始めようとしている2人です。
A「深まった愛」(東松島)妻に助けられました。自宅が津波に襲われた、千葉さんは13年前に頚椎損傷になり、左手以外は自由がきかない車いすの生活者。震災当日、自宅は壊れなかったが、濁流が流れ込んで首まで浸かった。妻は夫を2階にあげようとしますが、至難のわざ。「もう手を離して、お母さん。楽になれ。13年も世話になったから、1人で2階に逃げろ」妻は泣きながら夫を2階へ引き上げおわったときは夕方になっていたと。
上のような記事がありました。
震災後40日も経つと、福島原発を除けば、春に地中から芽をだす植物のように、人は生きることに前向きになるようで、うれしいことです。
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2011年04月23日

あきの70路を語る・・・2292

こんな文章を書いたので載せておきます。
【東日本大震】
それは恐竜の背に乗せられた感じの不気味さで始まった。
ゆっさ、ゆっさ。のっし、のっし――
直に収まるだろうと思いながら、パソコンから庭へ目を転じる。
のっそ、のっそ――。のっし、のっし――。
イスごと揺れる。家ごと揺れる。庭の木も揺れている。百日紅の木は扱げてしまいそうだ。
のっそ、のっし、のっそ、のっし、のっそ――。
そのときになって、怖い、と思った。いつもの地震とようすが違う。異常、異常だ。これはおかしい。
みっし、みっし、のっそ、のっそ、のっし、のっし、のっそ――。
テ、テレビをつけよう。地震速報を観よう。

テレビはあわてふためいていた。同じ言葉を何度も繰り返している。
五分は揺れたと思えるころになって、揺れはようやく収まった。
どうやら、三時二十分ごろ、東北地方に津波が押し寄せると警告している。波の高さは四メートルから五メートルのような知らせ方をしている。たいへんだ、大津波じゃないか。

テレビ画面が小松左京の「日本沈没」の世界を映し始めた。
波は何食わぬ顔をして防波堤を乗り越える。悪魔は、唖然としている間に画面左側から侵入開始、こちらに向けてやってくる。たちまち車が何台も波に浮かんで流れだす。波は、表通りも裏通りの細い道も、遠慮会釈なく通って遡っていく。たいへんだ。家をいとも簡単に巻き込んでいる。あっちの家もこっちの大きな家も――。
こんな始まり方の津波は、未曽有の被害を残して、来た道を引き返していった。あれよ、あれよという間であった。

三月十一日、テレビは地震と津波一色に変わり、翌日から新聞も災害で埋め尽くされる。
やがて死者の報道がテレビ画面に出はじめた。
千人を超える。五千人を超える。一万人も超えた。行方不明者も一万を超えるのは、わけはなかった。そしてとうとう福島原発の恐ろしい報道が解決の糸口もつかめないような日々となっている。
「がんばれ、がんばろう」言葉だけが空走る――。


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2011年04月22日

あきの70路を語る・・・2291

毎日新聞「余禄」より
▲明治時代、電話ができたころ、コレラが流行ったと。電話を通してコレラに感染するとという流言が広がると、人々は電話のベルが鳴ると悲鳴をあげたそうな。
▲米国の心理学者によると「流言の量は問題の重要性と状況のあいまいさの積に比例すると。
▲今回の放射能はこの定理にピタリ。放射能は見えないし、においもしない。浴びる放射能量と健康へのリスクも分かりにくい。農産物や水産物の風評被害は大変だけれど、ネット販売が好評だと聞けば、被災地への強くしなやかな連帯の健在を知り、ほっとする。
でも、昨日は福島原発20K圏内立ち入り禁止になりました。被害をこうむる人たちの不満がテレビに出ていました。どうしてそうしなければならないのかを、よく分かるように説明をしてあげなければ気の毒です。

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2011年04月21日

あきの70路を語る・・・2290

「アンチ・エージング」と「ウィズ・エージング」という言い方があります。
化粧品の宣伝は専ら前者。なぜなら、いつまでも若くありたい…という願いで、高い化粧品にも手を出したりするのですから。
わたしは後者の生き方をしているように思います。つまり歳なりに…です。
今朝。早く目覚めてラジオのスイッチを入れると、黒井千次氏の声が耳に入りました。ボリュームをあげると、もう終わりの方でした。でも、以前読んだ本の話ですから、言わんとしていることは十分に分かりました。
心に残ったのは、老いというのが独立したものではなく、それまでの生き方の延長線上に老いが来ているということ。言い換えれば年取ったから、理想的な老いを生きようとしてもダメ。そこまで生きてきた価値観で、その先、死までの間を生き続けるというような解釈ができる内容であったと思います。

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2011年04月20日

あきの70路を語る・・・2289

一か月に一度、地区に「ふれあいサロン」の会があります。今日、集まったのは3、40人ほど。町内のHさん演ずる「エプロンシアター」を観た後、お茶が出ました。
Hさんは自分が掛けたエプロンの中に、登場する人物や小道具を全部隠し持っています。そして話が進むにしたがってあちこちから魔法のように出現させる…そこが観客を童心にかえらせるのです。
演目のTつは桃太郎でした。まずエプロンの上に川と山のアップリケ。下におじいさん、おばあさんの家のアップリケがあり、ここからおじいさんとおばあさん人形が登場。桃がドンブリコッコ、ドンブリコッコ。私たちの知っているストーリーが始まります。桃太郎のぬいぐるみ、サル、イヌ、キジのぬいぐるみ。川の部分は開け閉めができて川が島になり、鬼のぬいぐるみが出てきて喧嘩し、降参して桃太郎たちは、意気揚々と引き揚げる、あの知っている話が、じつに巧みにできているのです。すべてが掛けたエプロンの上で演じられるところが、何とも素朴…いやーっ、うまいものでした。


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2011年04月19日

あきの70路を語る・・・2288

このごろ関心を持っている人の話を書きます。
周防正行監督の映画は観たこともないし、草刈民代さんのバレーも観たことのないわたしですが、監督は「僕が心から惹かれるもの」しか作れないと言っています。
この2人の夫婦としての生き方がユニークで面白そうなのと、ほんとに良い人間関係というのを夫婦関係の前提として形にしているので、ぜひ話を聞いてみたいと「NHKラジオ深夜便のホームページ」を開けました。
バレーを辞めた草刈さんの最後のバレリーナとしての仕事と、新しい女優としての仕事を橋渡しするような感じで、最近「ダンシング・チャップリン」という映画を作ったようです。
フランスのバレー振付家ローラン・プティーの作品「ダンシング・チャップリン」を使わせてもらって、映画をつくったとのこと。プティーさんはジャンコクトーや、ピカソなどとも仕事をしたことのある人だとか。草刈さんがそうした世界的な人にも相手にされた踊り手であったことを知りました。

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2011年04月18日

あきの70路を語る・・・2287

「筑摩書房」を知った時、わたしはきっと松本に関係のある会社だろう思い、広告が新聞に載ると、どんな本を出版しているか、いつも関心を持って眺めました。
今日の新聞に40年ほど前、非売品で出した和田芳恵著「筑摩書房の三十年」について書いてあり、起業者は古田晁氏で、編集を担当したのが、友人の臼井吉見氏だと。この2人は「おひさま」に出てくる松本高等学校出身です。(筑摩は松本市近くの郡の名) 。ああ、やっぱりと気を良くしました。創業70年を機に、この本も「筑摩書房それからの四十年」とともに市販すると書いてありました。
戦前戦後、苦難に満ちた道を歩んだ後に「近代日本文学全集」で成功したと言います。本はベストセラーが出ると、ビルのひとつも建つけれど、売れる、売れないの予測はすごく難しいようです。1978年の倒産の際は、小売店たちが支援の声を上げ「返本するな。筑摩の本を売ろう」とコーナーまで作って応援したと。何だか今回の地震と似ていると思いませんか。
最近は「金持ち父さん貧乏父さん」「思考の生理学」でミリオンセラーに恵まれているようです。

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2011年04月17日

あきの70路を語る・・・2286

「私がこんなことを言い切って、そのまま書かれると困るのですが…政府にはもっと強くなってほしいですね。そう思わないですか? 」
記者がつよくとは、どういうことでしょうかと聞くと、
「物事の決定を早め、さらに徹底させてほしい。トップがきちんと説明しないと国民は安心できないでしょう。連日の記者会見で、政府が一生懸命説明されているのは分かるんですけれど。一生懸命さだけ伝えられても国民は困るんですよね」
さらに管さんに対して、
「一所懸命に仕事をされているのは承知しているし、自ら現場を見ることも大切ですが、何より重要なのは、高い専門性を持つ担当の省庁に素早く指示を出すことです」
「これだけ多くの被災された方々が、いつまでも避難所にいなくてはならないのか。不安は尽きないでしょう。政府の役割は大きいですよ」
さすがに百戦錬磨の緒方貞子さんから出る言葉は重いと感じました。

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2011年04月16日

あきの70路を語る・・・2285

ドラマ「おひさま」に出てくる松本高校のことですが、この高校へ従兄が入学したのは、わたしの小学4年の時でした。下宿先から来宅しては、マントの丈が長すぎるから20pほど切るから手伝えとか、手拭を灰汁につけたい、学帽を古びたように見せたいなどと言っては、わたしを動員しました。今から考えると、このバンカラ好きも一種の思春期現象だったのでしょう。
また、友だちを連れてきては、こたつで野沢菜のお茶うけで茶のみをしました。母は、学生たちと会話ができるのを喜んでいたところがありました。何しろ信州人は理屈っぽい話が好きなのです。
わたしは小さすぎて、「ひまわり」の陽子のように初恋とまでは行きませんでした。9時になると弟と2階へ寝に行く決まり…そのとき、髪に寝癖がつかないように手拭いで「ほうかぶり」をさせられます。「アキちゃんは田吾作のようだねえ」と、いつもからかわれました。

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2011年04月15日

あきの70路を語る・・・2284

「美の壺」という番組を観るのが好きです。今日は北欧家具についてやりました。
わたしは100円ストアの買い物が好きだけれど、北欧のものも好きです。わけは「モノ」が使うにしたがってなじんでくるから。居間のソファーとイスは、求める時に清水の舞台から飛び降りました。色は濃紺、木の部分も温かみのあるカーブで、見飽きることがないデザインです。でもひとつ残念なのは、自分の背の低さを考えないで買ったために腰かけると、足が床につかないこと。このソファーは目下犬に占領されています。犬もよいものがわかるのか、寝るときはいつもここに飛び乗ります。
北欧のものと言えば、ダンスクの鍋を持っています。買ったのはNY時代。新聞にT年T度の大売り出しの広告が載った時でした。大きくて深い真っ赤なのと、平たく大きな鍋の2つです。どちらも持ち手が同じデザインで、いかにも北欧風を感じさせます。他には木製で大きくて重たくて包丁の置くところもある楕円形のまな板。これは1年にT回七面鳥をのせて切り分ける時だけしか使いませんが…。

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2011年04月14日

あきの70路を語る・・・2283

「東京灰骨紀行」という物騒な題名の著者は小沢信男氏。東京の生き字引のような83歳の氏は新聞でこんなことをつぶやいています。
【この3月10日は東京大空襲の日、死者10万人の命日でした。その次の日でした。あの巨大地震は。…中略。自粛? 4月から5月、だんだん普通になればいい。人間は生きている限りは日常生活なんです。東京大空襲のときも、神保町は焼けずに映画をやっていた。僕は小津安二郎の「戸田家の兄妹」を見ましたから。そんなもんです。それで復興していくんです。…中略。変わるんじゃないかなあ、この国。江戸の人々は地震がくると『世直し、世直し』と唱えたそうです。雷鳴に『くわばらくわばら』と唱えるのと同じで、2位じゃダメなんでしょうかつてあったけれど、あれでいいじゃないですか。そのほうが楽だもの】
国中が何かにせっつかされているような毎日の中に、ふっと、こんな言葉が並ぶと気が楽になります。

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2011年04月13日

あきの70路を語る・・・2282

ニューヨークを朝、発ってロンドンに行ったことがあります。太陽と反対まわりだったから、着いたのは夜でした。飛行機が高度を下げはじめると、地上は黒い雲の中に、熾火のように見えました。日本の空で夜の時もありました。こちらはダイアモンドのように輝いて見えました。もう昼間のような灯りの夜はいらないなと思うようになりました。
現在は、節電しているために、ジムもスーパーも暗い感じ。わたしはそれを見るとホッとします。みんな協力しているんだと。わたしの電気代も検針で約1000円の節約効果があったと分かりました。原発がなくてもやっていくことができるなら、将来は熱源をだんだんと他のものに変えた方が良いのでは…。
みんなが少しずつ自粛して謙虚になればと考えますが、「そんなでは経済が発展しない」という意見もあるようです。
でも、そこそこで満足…「足るを知る」が大切では…。だって行き過ぎは精神病患者までも増やしている現在ですから…。

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2011年04月12日

あきの70路を語る・・・2281

玄関わきに柘植の木を植えていましたが、手入れが悪いため貧弱。それで思い切って、電ノコで伐ってしまいました。わたしはどちらかというと洋風が好きなので、この後にネット衝動買いでパールアカシアの苗を植えることにしました。
今日、送られてきたので、まず添付の説明を読むと「マメ科の植物で肥料はほとんど必要とせず暑さ寒さにも丈夫。成長が速く鉢植えでもT年に50センチ以上は伸びる」とあります。早く伸びる木というのは、うれしいような迷惑のような…です。
自分が元気なうちはいいのですが、体のあちこちが痛くなって、手入れがおっくうになるとたちまち、藪のようになってしまうのを心配するので…。
だから、老いた時のことを考えて背の高くなる木は全部伐ってしまってある庭です。パールアカシアは木丈が150pくらい伸びるだけのようにネットで読んだから選んだのですが…。さて…。

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