2010年09月30日

あきの70路を語る・・・2087

歳だから、髪は真っ白でも良い…そう思ってはいても、ときどき鏡を見て、ぞっとします。それで雑誌や新聞広告に目を通すことになります。
今回は「利尻昆布ヘアーカラートリートメント」に目が行き、試しにとり寄せてみました。さっそく髪に塗って10分ほど放置してから、湯で洗い流しました。今まで使っていた太陽の光で黒くなるのより濃く染まりました。真っ黒でないのがいいかなと思います。乾いた髪の手触りもなかなか良いようです。
とにかく、あれこれ使ってみないと、宣伝だけでは分かりません。今のところこれなら気に入りそうな感じです。何しろある程度黒くないと2年ほど前に購入した「頭のてっぺんにポンとのせる」のが使えません。買った値段を憶えているので、使わないと損をしたような気になります…。こうして、年と共に悟りが開けるはずなのが、なかなかシャバッ気が抜けなくて困っています。

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2010年09月29日

あきの70路を語る・・・2086

今読み始めているのは、厚さが5pはある「ぼくはこうやって詩を書いてきた」。谷川俊太郎と編集者の山田馨が語り合った内容です。谷川氏が哲学者谷川徹三の息子であると知りませんでした。そう言えば1人息子で大事にされて育った顔だな…と、わたしは思います。
19歳のときに父親が俊太郎氏の書いた詩を見て、才能があると思ったのでしょう。三好達治に見せ、いきなり本になります。才能もあったろうけれど、恵まれた環境だなと思いました。
でも詩人の神経は繊細。息も出来ないような孤独のとき、欝的なとき、大人がとっくに忘れてしまっている嘘のつけない顔をしているときなど、付き合うのに決して楽な人ではないけれど、長年いっしょだった2人が親友と言える関係にまでなっていく…読んでいて気持ちの良い本です。この本の厚みは当分楽しめます。

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2010年09月28日

あきの70路を語る・・・2085

昨夜10時からETV特集でマイケル・サンデル、ハーバード教授が東大で行った「正義」についての授業を観ました。学生にどんどん発言させる双方向授業です。【原爆を落とした国は謝るべきか。それはいつまで誤っていればよいのか。一郎の年収は15億円、オバマ大統領4300万円は公正な金額か。金持ちに高い税金を課し、貧しい人々に再分配するのは公正なことか】などなど。下記のアドレスで雰囲気が分かります。
http://www.nhk.or.jp/harvard/
終わって床に入ると、ちょうど1時のときでした。玄関で「ピンポン、ピンポン」と2度。犬が吠えながら玄関へ行き、わたしも居間に行って窓から見ようとしましたが、もうそのときは、車が走り去るところでした。その後そっと表に出てみると、門扉は開けっ放し…一瞬の出来事でした。怖くなって、いつも閉めない雨戸をあちこち閉めて寝ました。
今日は雨の中、ドア・チェーンを買いに行き、玄関と台所の出口につけました。玄関はアルミ製ドアで釘が入りません。リーのママさんに電話して応援依頼。ご主人にご厄介をかけ完成しました。それにしても犬は大いに頼もしかったです。

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2010年09月27日

あきの70路を語る・・・2084

学研塾をやっている家の前を通ると、ビニールでつくった20個ほどの手作りハロウィーンカボチャが枝に吊るされ揺れています。ここに来ている生徒が作ったのか、それぞれ個性のある顔をほほえましく見ました。
30年も前のこと、ニューヨークに着いて、メープルの黄色い葉っぱのジュータンが散り敷く中を借家に行きました。そこの住人はロンドンに転勤、家具も台所の道具もランプも全部置いたままなので、その日から生活が始められます。玄関を開けると、突き当りはガラス、広い庭が見えます。そのガラス壁には、ガラスの棚が幾つかあって、アフリカンバイオレットが色違いで何鉢ものっていました。「うわっー」これが最初の感想で、すごいアィディアと思いました。南向きの棚には1日中、陽があたるので、花は年中咲いていました。
着いたのが今ごろでしたから、すぐに10月31日のハロウィーンの日が来ました。学校に通い出した子どもたちは、もう友だちが出来て、この夜はみんなと一緒に袋を持って「トリクアトリーン」と家々を回ってキャンデーをもらい歩きました。

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2010年09月26日

あきの70路を語る・・・2083

台風一過。気温も快適。こうなると庭仕事がしたくなります。台風の後かたづけといっしょに、まだ花が残っているサルスベリを、長ばさみを使って短く伐りました。こうしておくと、毎朝落ち葉掃きをするのがぐんと楽になります。
これを4束にまとめ、物置の横に積み、あと2袋に葉と伸び過ぎている他の花やツルなどを切りました。ここまでやって一服。一仕事終えた満足感で、片付いた庭を眺める気持ちは格別です。
気分爽快ついでに、犬の散歩に、船だまりまで行きました。すると、地元の老若男女が「睦」と書いた法被を着てみんな景気づけにビールを片手に談笑しています。テントの中には神輿も見えてうきうきした気分は、こちらまで伝染。
超・暑かった不快な夏を過ぎた日の夕方は、人々も周りの木々も花もみんな息を吹き返していました。

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2010年09月25日

あきの70路を語る・・・2082

同じゲームの話を書くのは、これで3度目です。
万歳、ついにスパイダソリティアの上級編50回達成。ここまでに1年かかりました。ほとんど毎日開いては、挑戦していての結果です。
このゲームはトランプのカード並べ。単純ですが、複雑。近ごろは並んでいる手を見て「これはいけるぞ」や「これは無理」などの見当が大体つくようになりました。
何でそんなつまらないことにうつつを抜かすか…と言われそうですが、これが病みつきになり、なかなかやめられないのです。相手がいるわけでなし、賭け事でもないから、まだ良いのですが、こういうのめり込み方を昔は「のむ・うつ・かう」と言いました。つまりこれに手を出すと身を滅ぼすというわけです。「のむ」は酒、「うつ」は博打、「かう」は女です。この恐ろしさは、自分の意思で止められなくなること。
わたしのはPC内の独り遊びですから性質は違いますが、のめり込み方は似ているかも知れません。やれやれ。

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2010年09月24日

あきの70路を語る・・・2081

文章教室の○田さんは言います。
【言葉と言うものは相手があってはじめて機能する道具なのだから、相手へのプレゼントと思わなければいけないのではないか。自分の主張ばかりしているのでは刃物と同じではないかと私は思うのだけれど。プレゼントにはきれいなリボンもつける。言葉にはそれくらいの心づかい(情)が必要だと思う】
うまいことを言うのに、唸ってしまいました。
日々つぎつぎと考えないでしゃべりますから、ここまで丁寧に考えるのは無理としても、ちょっと頭の隅に入れて置けば、かなり違ってくるかな…そんな風に思います。
「北風と南風」の例えのように、手を当てて、そこへ息をプーッときつく吹きつければ冷たいし、口を開けてホーッと柔らかく吹けば温かい。たまにはこんな反省をしてみると、近くにいる人との、明日からが違ってくるかもしれません。

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2010年09月23日

あきの70路を語る・・・2080

父母が松本にいたとき、鈴虫を飼っていました。リ〜ン、リ〜ンと羽を震わせて鳴く鈴虫のエサは、ナスと煮干しやスイカで、卵を産ませ越冬させるので毎年鳴き声を愉しむことができました。横浜に引っ越すとき、鈴虫を一緒にもってきたのですが、庭に放したので、いつの間にかいなくなってしまいました。
松本近くの松川村は、村をあげて鈴虫を飼っているそうで、昨夜「こんなすてきな日本が…」という番組にそのことが出ました。村では、夏の1日、鈴虫の鳴き声を聞く会を催します。夕暮れたころ村のあちこちに置かれた行灯に灯がともり、子どもたちはお揃いの提灯を手に田圃の方へ出かけます。鈴虫は、オスが羽をすり合わせて鳴くのですが、T回ごとにリ〜ン、リ〜ンを4回繰り返すが、中には5繰り返す優秀なのもいると子どもたちは観察していました。
夕闇の青暗い色に、赤や桃色で色づけされた提灯が、まことに美しい風情を醸し出していました。

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2010年09月22日

あきの70路を語る・・・2079

物書きが趣味のわたしは、うまい文章に出あうと、あんころモチの3つも食べたような気分になります。下のは、谷川俊太郎氏の詩。あんころモチ4つでした。
題…アタマとココロ
「怒りだろ?」とアタマに訊かれて
「それだけじゃない」とココロは答える
「口惜しさなのか?」と問われたら
「それもある」と歯切れが悪い
「憎んでるんだ」と突っこまれると
「うーん」とココロは絶句する

アタマとココロを繰り出すけれど
割り切るコトバにココロは不満
コトバで言えない気持ちに充電されて
突然ココロのヒューズが切れる!

殴る拳と蹴飛ばす足に
アタマは頭を抱えてるだけ

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2010年09月21日

あきの70路を語る・・・2078

心理カウンセラーの後藤信之氏は言います。自分の仕事は、相手の話をよく聞くことであると。これについては、生前、河合隼雄氏なども同じことを言っていました。
カウンセリングの人と話しているうちに、患者の方が、自分で気づいて結論を出すのだそうです。
人は、相手との関係に行き詰まり、カウンセラーを訪れます。そこには、自分Aの悩む原因になっている相手Bが存在すると…悩みはその接点から発生しているのです。
Bに対して「こうあって欲しい」と期待しているのに、Bは勝手な行動をとる…そこに怒りや失望が発生して、自分一人では抑えきれなくなる。これがなやみの状態だと。解決するには「そのときを学ぶ絶好の機会」ととらえ、逃げないで乗り越えていく…人が精神的に成長するのは、こうした時であり、幸せな状態では、なかなか成長しないのだそうです。

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2010年09月20日

あきの70路を語る・・・2077

何かの拍子に眠りそこなうことがあります。眠ろう眠ろうとすればするほど、なかなか大変。そこで睡眠薬を飲まないわたしは、アルコールを頭に思い描きます。ビール、日本酒など。でも飲みたくない。こんなときに思いついたのが「養命酒」。あれなら身体によさそう…。つぎの日にさっそく買いに行きました。
T回20ml。これを飲んだせいか、暗示のせいか…昨夜は10時に電気を消して4時に目覚めました。目ざめ爽やかで快調な滑り出し。日曜日なので、いつもより長く散歩をし、帰ると、すぐに蚊取り線香を2カ所に焚いて、芽を出している香味野菜の植え替えをしました。
生きていると、いつも順調というわけにはいきません。そんな時は、何かを変えることによって、軌道修正をします。めったに酒を飲むことのないわたしのアイディア「養命酒」は、不眠にうまくいきそうな気がしています。

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2010年09月19日

あきの70路を語る・・・2076

朝5時半、犬をつれて表に出ると、ごみ集積所に自転車を停めてゴミ袋を置いていこうとしている人あり。ムッとして「他所に来てゴミを置いて行かないで…」と言うつもりで近づきました。すると知っている人。その人は箒とチリトリを手にゴミ袋にゴミを入れているところです。
「おはようございます。通ったら、カラスにやられていたものですから…」
「えっ、そのために、わざわざ家まで戻ってビニール袋と箒を? 」
恐縮したわたしは、言いながら、ゴミ入れを組み立て、
「ほんとに、ありがとうございます。まったくちょっと組み立てて入れてくれれば、カラスにつつかれることなどないのにねえ。不心得な人がいて困っているんです。わざわざすみません」
「道路いっぱいに散らばっていたものですから…」遠慮がちに言う相手。
すごい人もいるものです。受け持ちでもない、しかも家から離れたところのゴミ片づけをしてくれたのです。今どきこんなに殊勝な人がいるとは…すごい…すごい人です。


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2010年09月18日

あきの70路を語る・・・2075

昨夜BShiで加藤登紀子さんを観ました。歌番組と言うより夫婦の歴史のときどきに歌が生まれた話と言った感じで、なかなかよかったです。
全学連の委員長と歌姫が出会い恋に発展します。藤本氏が刑務所に入ってから、妊娠していることが分かり壁の内外で結婚しますが、会いたくても会えない…恋しい気持ちが「ひとり寝の子守歌」になります。
刑期を終えて出所し、新婚生活がはじまると、こんどはしっくりいかなくなる。藤本氏は農業をやりたいと言い、登紀子さんも大賛成するが、歌を捨てることができずに、東京と鴨川に別居。紆余曲折があったけれど、結婚15年目に鴨川で200人を招待してウエディングドレスを着ました。
「大地の会」は成功するけれど、藤本氏は、それが資本主義に組み込まれていくことに疑問をもちます。試行錯誤しながら農業をつづけているうちに氏はガンになる。それでも最後までがんばり58歳で亡くなりました。
実在の話は、訴えるものの質が違います。登紀子さんは、時どきに藤本氏の言った言葉を思い出し口にします。いつも横柄なもの言いなのに、登紀子さんは裏にあるやさしさをきちんととらえていました。好きとはこういうことなのだと、しみじみ感じました。

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2010年09月17日

あきの70路を語る・・・2074

電気釜は比較的新しいです。でも3合炊き。1人の生活だからと選んだのに、これが大変不便。炊きあがったとき、しゃもじでざっくり上下させるのに、小さすぎてうまく出来ません。
昨日、○天で電気釜の広告5合炊きを見つけました。ご飯の炊きあがりを用途別に「ふつう・ややモチモチ・ややしゃっきり・炊きこみ・すしめし」と選べるようです。何と優れものか…それに、「真空(内釜)圧力IH極め炊き」極め炊き…なんて頼もしい言葉じゃない。わたし(A)「買いたい」。するとわたし(B)は「今ある釜をちゃんと使わなければ…」。(A)「でも毎日のことだから、おいしいご飯を食べたい。それに子どもたちが来たときに3合炊きでは不便だし…」こうした内部格闘があった後、「えいやっ」と注文してしまいました。
ここまでが夕べのこと。そしたら、その夜のうちに「発送しました」と返事が来て、今日はこれを書く前に、もう炊いて食べました。おいしく炊けています。【ほんと・満足・ニコニコ】
こうして、ただでさえ軽い財布を、ますます軽くしています。

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2010年09月16日

あきの70路を語る・・・2073

半藤一利氏の昭和史・戦後篇には、いろいろ興味深いことが書いてあります。8月15日が終戦で、灯火管制から解放され街がパアーッと明るくなったのは8月20日。22日から新聞に天気予報が載り、23日から音響管制解除というように10日間でどんどん変わります。
8月28日になると、アメリカの先遣隊が厚木飛行場に到着する…それ前に「進駐軍を迎える国民の心得」の配布があり、「日本婦人としての自覚をもって外国人に隙を見せてはならぬ」などが書かれていました。
もっと驚いたのは、良家の子女を守ろうと、特殊慰安施設協会がつくられて慰安婦募集が行われました。売春を取り締まるはずの警察署長たちが八方手を尽くして「国家のために売春を斡旋してくれ」と頼みまわったと。慰安施設は大森に8月27日には開業し受け入れ態勢が出来たそうで、その数1360人だったと書いてあります。わたしは女ですから、良家の子女と慰安婦を分けたものは何か…などと複雑な気持ちになりました。

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2010年09月15日

あきの70路を語る・・・2072

同人誌に参加したいと考えたとき、PCで参加できるところを探しているうちに、長野県の同人誌「Оの会」に出会いました。そこを主宰するのは、佐久市の小島義徳氏。
氏はこのたび新たに「出現」を創刊しました。理由は「ひとえに自分たちの文学活動がマンネリの泥の底に沈まないようにと思う一心から」と言い、「新しい酒は新しい皮袋に入れよ」とあとがきの編集室に書いています。
何かを「出現」させる…こんな魅力的な言葉に操られて、「彼の望んだこと」を書きあげ載せていただきました。才能の乏しい頭から出現させるのに四苦八苦しながらです。
一昨日新しい本が届きました。カラーの表紙は「出現」の創刊号にふさわしい雰囲気をもったもの。そして「文学サイト長野・http://www9.plala.or.jp/bsnagano/」もモダンな感じになりました。
どうか一度このアドレスに行って、わたしたちの喜んでいる様子を見てください。ここで、本の表紙の感じや、作品も読むことができます。

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2010年09月14日

あきの70路を語る・・・2071

お墓の草取りをしていると、太陽は背中に灼きつく。それは熱いではなく痛い感じ。
霊園はただただ墓のみを並べるから、それらの石が暑さを増幅しているのだ。
どこの墓も周りに多少の緑を侍らせているが、墓に木を植えるべきではないと、お坊さんの言われたことは当たっている。植えたばかりは風情があってよいと思うけれど、たちまち木が大きくなりすぎて、墓とは不釣り合いになる。わが家も最初墓の周りを緑で囲むことを考えたが、木の成長は、こちらの考えたデザイン通りになっていたのはほんの数年、後は幹が太くなりすぎ、葉の茂り方も予想外で伐ってしまつた。それでも墓は、裸のようでは落ち着かないので、大きくなりそうにない木と地覆植物を植えている。
行くたびに草だけはのびのびと広がっているから、枯れた花をとりかえるのと、草取りだけは欠かせない。
墓の帰りは、いつも気分がさっぱりする。でも今日はそれより汗のポタポタが気になった。

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2010年09月13日

あきの70路を語る・・・2070

小沢征爾デーA
夜8時から、今年の「サイトウ・キネン・オーケストラ」がありました。食道ガンが見つかって全摘出。胃を上に引っ張り上げるほどの大手術を今年の1月にして、ガンは良くなったけれど15K痩せたために腰を痛めて、予定した曲目の指揮できません。仕方なく「サイトウ・キネン」にとって記念すべき曲目の弦楽セレナード・ハ長調(チャイコフスキー)を振りました。
最初に練習場面が出て、曲についてのこまかな部分を自分の考え通りに仕上げていく道中がよく分かります。指揮者によって精巧な芸術に仕上がっていくのがよく分かりました。本番では、まるで独り芝居を観ているような手振り身振り…芝居に合わせてオーケストラが声を出します。芝居の細部が完璧に表現されて涙が出て来るほど見事でした。
なお二日目の練習が9月1日で小沢さんの誕生日。練習の途中に「ハッピーバースデー」の音楽に代わると、本人は大いにテレながら喜んでいたのが印象的でした。そして「自分にとっては音楽が最高のリハビリ」だと興奮しているのも、好ましかったです。

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2010年09月12日

あきの70路を語る・・・2069

小沢征爾デー@
わたしにとって、今日は小沢征爾デー。忘れないように大きく書いた紙を目の前に貼って待っていた日です。
昼、100年インタビューの再放送を観ました。2度目なのに、真新しい芸術論が湧き出て、わたしをテレビにくぎ付けにしました。音楽芸術というものを素人に分からせようと一言一句を工夫ながらしゃべります。世界の小沢と言われる人なのに、実に謙虚に音楽芸術を素人に分からせようと心を砕く姿に、再度感激。というのはこの番組については前回観た折に、すでに書きました。
斎藤先生がどんなふうに偉い人だったか、西洋の音楽を東洋の弟子たちに自信を持たせるように教えたことを、あらためて感じ、その同じ思いの人たちが「斎藤記念オーケストラ」に年T回松本に集まり、世界一流の音楽を聴かせるのです。すごいなあ…。
芸術は個の深さに関係する…そして音楽を聞くこちらも個の深さまでしか受け取れないようです。本物の世界一という人は、深い眼の光が違っていました。

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2010年09月11日

あきの70路を語る・・・2068

わたしが結婚したころに作られた映画「荷車の歌」をBSで観ました。
明治の話。地主の屋敷に女中奉公するセキが、もうすぐ郵便配達夫をやめて荷車を引くという茂市に求婚され、セキも茂一が好きだったから親に勘当されても嫁ぐ。何も嫁入り道具を持ってこないと非難する姑に「わたしも荷車を1台買って働く。車の金は自分で返すから」と言い、夫とT台ずつ荷車を引いて、往復10里の道を町へ通います。子どもが生まれても、仕事はやめられず、おもゆを作って姑に子を頼み、自分は乳が張るのを絞り捨てながら荷車を引きました。
やがて5人の子たちは、それぞれに成長し独立するが、長男と三男に赤紙が来て戦争にとられます。姑も逝くとしばしの幸せが訪れるが、こんどは茂一が妾を家に入れ地獄生活になる…。
そんな中でも、5人の子が家に集まる時のセキは、こころからうれしそう…この気持ちが、今のわたしが家族に感じるものと同じなので、強く印象に残りました。

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