2010年06月30日

あきの70路を語る・・・1995

新聞のコラムに「夏目漱石の食べた糠漬床の一部が群馬県の川場村に贈られたとあります。持ち主は漱石の孫、漱石の長女から受け継いだと。子孫に受け継がれていく生の食べ物があるなんて、さすが乳酸菌サマ。
明日、孫が来ます。ぜひ糠漬けを食べさせたくなりました。でも、糠から始めて、捨て漬けをしながら床をなじませていては間に合いません。スーパーに糠床を売っているのを思い出しました。プラスチックの樽にはいったのを買って開けると、初心者用に懇切丁寧な説明がついていますが、糠は熟成されているものではありませんでした。急いでなじんでくれと願いながら、捨て漬けをします。説明書きで役に立ちそうなのは、@すっぱくなったら、からし粉や卵の殻を砕いて入れる。A床がゆるくなったら、スポンジで吸いとるか、ザルを入れて水を溜め、捨てる。B留守にする時は糠床をポリ袋に入れて冷蔵庫へ。C品温が20度以上になりそうな時は保冷剤を入れる…などでした。

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2010年06月29日

あきの70路を語る・・・1994

田んぼ・小川・雑木林…人と自然が共に暮らす風景。わたしは自然の中でも「里山」風景が一番好きだと気づきました。そこには人と自然の日々の交流があるからと思います。
今夜観た「里山」番組は日本のあちこち5か所を映しましたが、その中で福島県・三春に暮らす農家の夫妻が印象に残りました。自分の土地に塚の様なところがあって、そこに140年になる桜の木があります。夫妻とこの木との距離はまるで家族のよう…桜に種籾を撒く時季を教わり、田植えの頃合いを問います。
妻は桜の咲く前に塚の草取りをして桜をいたわり、滝のように桜がしだれて咲くと、段ボールに煮物や酒などを入れて木の下に持参するのです。
豪華な桜と、むしろの上に座った夫妻のつつましい花見。こんな取り合わせが、観ているこちらを和ませてくれました。

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2010年06月28日

あきの70路を語る・・・1993

宗教学者・山折哲雄氏からの抜き書き。
【戦後、アメリカから民主主義が入り、平等思想が唱えられる。それ自体は大切な考えだが、日本では横並び平等主義がはびこって半世紀。ところが身の回りを見渡せば才能・美貌・家庭環境など不平等ばかり。いつの間にか「比較地獄」になり、それが「嫉妬地獄」に陥る。鬱積してくると「怨念」になって、さらに高まると「敵意」から「殺意」へと進む。殺意のエネルギーが他者に向かうと殺人。自分に向かうと自殺。どれもできないと抑圧されて「鬱」を招き寄せる】この三段論法は大変分かりやすく納得しました。
さらに続きますが、ここからは、わたしの解釈が入ります。鬱にならないためには、「個性」を大事に、自分肯定を大切にしていく。結果、自分勝手人間ばかりがはびこるようになりました。

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2010年06月27日

あきの70路を語る・・・1992

先日家の屋根に上がると、ビワの種がいっぱい散らばっていました。カラスがNさん家のビワが生ったのを採ってきて、ここで食べたのです。雨樋に引っ掛かるので、「憎っくき、カラスめ」と思いながら掃除をしました。
町内でゴミ置き場にしっかりしたネットの箱を設置したので、カラスの被害から解放され、道路が清潔になりました。ところがどうやら、しわ寄せはカラスたちに…。
一昔前、髪に艶があって美しいことを「髪はカラスの濡れ羽色」などとほめたたえました。ところが近ごろのカラスは痩せて、羽の色もテレビ「竜馬伝」の竜馬の着物のようです。体も小型に見えるのは羽が貧弱になったせい…栄養失調ではないか?
カラス君よ、「この辺りにはまだまだ森がある。本来、餌をとるべきところへ戻って昔のようにやりなさい」。「何々、贅沢をおぼえたから、もう昔の生活には戻れない?」そりゃあ人間さまも同じ…もっともだあ――。

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2010年06月26日

あきの70路を語る・・・1991

ダックスの会で、八景島の紫陽花まつりへ行きました。日が照って暑いので、なるべく林の中を選んで歩きます。犬の参加はイーナだけ。アスファルトに手をやると、そうは熱くないので、全行程を歩かせました。でもみんな犬の気持ちの分かる人たちですから、いろいろイーナに気を使ってくれました。
お昼は、それぞれが好きなものを買って、外の腰かけでおしゃべりを楽しみながらいただきました。帰りにリーのママさんが山道を通って来たからと、朝取れのナスを産直で買ってきてそれぞれに分けてくれました。あらためてナスの紫の美しさに見とれ、生で食べたいと思って、細かく刻んで七味トウガラシと醤油をかけ、これを、めん汁に浮かべて薬味にし、ゆでたてのそうめんを夕食にしました。つるつるは暑い日には、もってこいです。

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2010年06月25日

あきの70路を語る・・・1990

テレビの3チャンネルで大野一雄氏の舞踊を観たのはだいぶ前のこと。顔を白塗りし、衣装も白くゆったりとした動きでしたが、惹き込まれるものがありました。その後、氏の踊りが「BUTOH」として世界語になり、日本よりフランスなどで有名だと知りました。
ぜひ本物を観たい…そう思っていた時、友人のTさんが近くに氏の舞踊研究所があり、横浜で公演する日を教えてくれ、いっしょに観ました。90歳を越えての公演ですから、立ったり座ったりが不自由でしたが、それも含めた踊りを見せました。次男の慶人氏と舞踊団の人々が全員、やはり白塗りで、たくましい体を見せ、観応えがありました。
新聞に「大野一雄さんを悼む」の記事を見つけ、6月1日に亡くなったと知ったので、書きとめておきたくなりました。享年103歳。

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2010年06月24日

あきの70路を語る・・・1989

野球賭博問題…どうして禁じらているのを知っているのにやったのかと、わたしは疑問に思っていました。そしたら仏文学者の鹿島茂という人が、パスカルを引用してこんな面白い事を言ってます。わたし風にアレンジすると下記のようになります。
一般の人々が「職務」に打ち込むのは、それが倦怠という人生最大の不幸から「思いをそらし、気を紛らせてくれるから」。野球賭博に置き換えると「本業が退屈だから気晴らしを求めた」。賭博はリスクとリターンが組み合わされていて面白い。しかも非合法だから見つかることを恐れながらする…すると熱中度が大きく快楽も大きかった。
「今の相撲界の日本人は、やっても、やっても強くならない。しかも稽古はきつい。すると相撲が好きではなくなる。要するに相撲が力士にとって「熱中対象」でなくなってきた」。だから別な楽しみを求めるようになった…本業が魅力あるものなら、こんな問題は起こらなかったでしょう。これが今の日本人の力士たちの姿ではないかということです。

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2010年06月23日

あきの70路を語る・・・1988

梅20キロを漬けました。ガラス瓶の大きなの2個・甕1個・漬物桶T個・プラスチックの入れ物2個と、家中の容器を集合させました。10キロ入り2箱を開けると、一方はまったくの青梅。梅酒にも良さそうです。もう一方は、少し黄色がかって中には赤い色がついているのもありました。
梅を20%で漬けこみますから、塩は4キロ。これより気持ち少なめにしました。でもあまり少なめにすると、カビが来ます。
久しぶりに主婦しているなあ…と自己満足。大変だったのは、これの前、3キロのラッキョウ漬け。包丁で上下を切って、水の中で何回も揉み洗いすると、皮がむけました。それをビンに入れて、酢T・水1・砂糖は好み・塩適量…これを鍋に入れて沸騰させ、ラッキョウの入っているビンにジャーっとかけました。このやり方が、いつまでもカリカリしていると教えてくれたのは、コメントの書き込みをしてくださるmimiさんです。

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2010年06月22日

あきの70路を語る・・・1987

雑誌「暮らしの手帳」を授業に持参して紹介してくれたのは、はかま姿で教壇に立っていた樋口先生でした。女学校に入学したわたしが、2年のとき学制改革があり新制中学に変わりましたが、「暮らしの手帳」を知ったころは高校生でした。そんな大昔にこの雑誌を見て、その真面目さに感激したのを憶えています。
花森安治氏が誕生させたとずっと思っていましたが、「女のための出版をやりたい」と持ち掛けたのは大橋鎮子さんだったことを、新聞で知りました。90歳の今も毎日出社するそうです。
以前にもブログに書いたことがありますが、わたしはこの雑誌が自分のバックボーンになっているとさえ思っています。40年もつづいている「すてきなあなたに」を書いているのは大橋さんです。

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2010年06月21日

あきの70路を語る・・・1986

「人間と性」…こんなことを大学で教えつづけているのは、村瀬幸浩教授(69)。
一橋大・津田塾大・東京女子大で教えているそうです。
性は「触れ合う喜びを分かち合うこと」と教え、これは必ず他を巻きこむから、相手の心身への配慮や性についての科学的な理解が必要…そういう基本を教えているとか。
最初、講義内容を批判的に見ていた学生たちも、「性を肯定的にとらえて友だちと語り合えるようになった」と。まじめに取り組む姿勢が人気の講義となり、大教室の授業になっているそうです。
普通、性と言えば、照れたり軽蔑したりで、大概の人は正面からとらえません。でも世のすべてはここから出発している…そう思うようになりました。性は真面目にとらえることが大切。人生のほとんど終りまで来たわたしは、ようやくこのことに気づきました。

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2010年06月20日

あきの70路を語る・・・1985

ワールドサッカー「日本対オランダ」日本中がテレビにくぎづけと分かるのは、メールに広告が全然入りません。商売も対戦中は休みらしい。
わたしはテレビを見ながらキュウリ7本を切って、鷹の爪をいれ漬けこみました。そして煮物をどんぶりに盛って、1番小さなビール缶を開けたのです。殆ど飲まないけれど、観戦気分を独りで盛りあげることにしました。
普段はサッカーを観ないので、分からないままですが、最初はオレンジ色に球がく行くと、オレンジの間だけを確実に球が回りますからうまいと判断します。途中から白いユニフォームにも球が行くようになりました。
試合は互角と思われましたが、強烈な球が入った時は、あれでは防ぎようがないと同情したくなり、まあ優勝候補と闘ったにしてはよかったです。岡田監督、先日の勝ったときの握りこぶしに比べると、インタビューは気の毒なほどで、あとちょっとの悔しさが表れていました。

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2010年06月19日

あきの70路を語る・・・1984

ドスン、腹の底がゆれるような地響き。ガリガリ…コンクリートをはがす音。ダンプが来て土を運んで行きます。ガレージ2つ分の土をどけているのです。わたしの家の工事ではありませんが、そのように感じます。工事を始める前に、わたしの家の写真を撮って、万一迷惑がかかったらと、書類に印を押しましたが、なるほどこれでは、家の沈下もありうるだろうと思うほどの荒っぽい工事。
せまい土地に建っていた1軒が売りに出され2軒が建つことになりました。そのために斜めの土留めまで壊されて、垂直にコンクリートを立ち上げ、少しでも土地を広くするのです。
家から5分ほど行った家は、1軒の家を売ったら、そこに6軒の家が建ちました。前が山なので、削って土地を広くできたわけです。狭い国ならではの工夫は、町がゴミゴミしてきます。

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2010年06月18日

あきの70路を語る・・・1983

毎日新聞の夕刊トップ記事は「はやぶさ」。今日深夜「帰国」とあって、日本への輸送について書いてあります。@直径30pのカプセルを窒素で満たした風船の中に収め、A小さな風船を詰めた内箱に入れ、Bさらにその四隅を衝撃吸収用のボールで保護して外箱に入れる。そのカプセルの中に小さな試料の容器があるのだと図入りで説明してありました。帰国はVIP並みの専用機だそうです。
開封は二週間後らしいけれど、着いたらCTで断層写真を撮り、中味があるかどうか確認するそうで、0.2mm以上の大きさの物質なら有無が分かるのだと。はやぶさがイトカワに降りた時、採取装置がうまく働かず岩石が採れた保障はないようですが、着陸の衝撃で砂や微粒子が入っている可能性があるとか。幼い日、火星に人がいるという話を聞いた時の気持ちに似た楽しみです。

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2010年06月17日

あきの70路を語る・・・1982

電車内の話。小六と思われる男の子はピケの帽子、開襟シャツ(胸には校章の縫い取りあり)、紺色の半ズボン、白いソックスに皮靴。私立の小学校へ通っていると分かります。
膝の上にランドセルを置いて台にし、大学ノートをその上に、もう一方の手に同じ大きさのノートを持って、写し取っています。こんな勉強家が電車に乗っているのは珍しいので、何の勉強をしているのかと、目を大きくして字を盗み読みしました。ランドセルの上のノートの表紙には「自学帳」と書いてあります。手に持っている方には、日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦などという字が見えて、青いマーカーが太く付いている所はそれが起こった年月日。
この歳になって、ようやく戦争の起こった原因を痛みとして感じることができるようになりましたが、前にいる子は、どんなふうに理解しているのかな…ふとそんなことを考えました。

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2010年06月16日

あきの70路を語る・・・1981

新聞のニュースで一番の興味は「はやぶさ」。だって60億キロを7年もかかって行って帰って来たのです。凄いと思いませんか。「イトカワ」は、小柄で眼鏡をかけた糸川英夫ロケット博士の名。
地球と火星の間の軌道をまわる小惑星は落花生のような形をしているそうで、その小さなところに瞬間着陸してカプセルにお土産を入れたのです。惑星の土や砂がはいっていると良いなあと期待しています。はやぶさは、途中3年半ほど連絡不能になり、地球からの操作で何とか回復したとか。再び動くようになって帰還したのです。オーストラリア南部のウーメラ砂漠へヘリコプターで回収に行った人たちは涙ものだったことでしょう。
わたしは趣味人倶楽部主催の【 プラネタリウムで「はやぶさ」映画とJAXA相模原見学】というのを申し込みましたが、キャンセル待ちになりました。

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2010年06月15日

あきの70路を語る・・・1980

今日、ついに梅雨入り。一日中家から一歩も出ないで、ゆっくりした日を過ごしました。いつもと違うのは、前に家が建ち始めているので、大工さんの電ノコの音、釘を打つ音がします。昨日までに屋根を葺き終わり、その下での仕事は、雨でも大丈夫のようです。わたしは音で判断するだけで実際に会ってはいません。
職人さんたちは、誰にも監督されないから、時間によって動くらしい。その証拠に12時にはきちっと昼食にし、1時には仕事を始めます。大工さんたちの凄いのは、8時半に仕事を始め、夜7時すぎても、鎚音がつづくこと。欲に働くのは、きっとこの仕事を請け負っているからでしょう。
これが家の右隣りで仕事をしていた若者たちだと、9時きっかりに始め、5時きっかりに止めていました。こちらはすっかり家が取り壊されたので、もう来ません。わたしのいる3畳間の窓が明るくなりました。今年の梅雨時はこうした人たちと日々が過ぎて行きます。

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2010年06月14日

あきの70路を語る・・・1979

金沢八景のバス停留所でのこと。
「このバス、横浜霊園へ行きますか」はいと言うと、昨日も来たけれど分からなくて帰っちまった」とこぼします。「どこからいらしたのですか」「長野」「ええっ、わたしも長野県人です。ちょうど霊園へ行くところですから、ご一緒しましょう」ということで、一気に仲良くなって霊園へ。
丸坊主で、人のよさそうな顔の人は聞かなくてもいろいろしゃべります。姪の結婚式に来たこと。ついでに横浜霊園へ行くところ。霊園には叔父が眠っていること。父が早く死んだので、父のような人だったなど。結婚式よりこっちの方が大事だとも。そして30年ぶりの墓参りだけれど、これじゃ広すぎて、どこにあるか分からないと言いながら別れました。
個人保護法などふっとんでいる、本物おのぼりさんが心配で、自分の墓参りを急いで済ませ、この人を探しました。でも見つかりませんでした。こんな出会いでは小説のネタにはならないなあ…などと考えながら帰りのバスに乗ったのでした。

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2010年06月13日

あきの70路を語る・・・1978

玄関に人が来たようで犬が吠えました。「あれ、明日来るんじゃなかった? 」
「今日って言ったでしょ」などの問答があって、次男と孫が家の中へ入ってきました。まあ突然来ても何か食べるものはあります。息子がすぐにビールを飲むのは、帰りの運転までにアルコールを抜きたいためです。(2番目が生まれるので、その入院中にバアチャンと孫の留守番がうまくいくよう練習しょうと2人で来る)
そのあと公園へ。滑り台に気を良くした孫は、何回でも同じことをする。その場所には広い芝生部分があって、犬仲間が20人ほどかたまって賑やかです。わたしもそこに仲間入り。イーナを放すと他の犬と凄い勢いで走り回ります。ドックランになっていないので、ひやひやものですが、とにかく思う存分走らせてやりました。孫も思う存分オスベリとブランコをしました。
今は管理社会。「思う存分」できないことが多いので皆むしゃくしゃ。やっぱり「思う存分」は大切なこと…そう思うのですが、それにはちょっぴり決まりを破るという後ろめたさがつきまといます。

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2010年06月12日

あきの70路を語る・・・1977

またまた新聞から…。へえ〜と思ったことがあります。「後藤新平の一族に蘭学者高野長英がいたこと、そして後藤の孫が哲学者の鶴見俊介氏だったと。こんな繋がりがあったなんて、知りませんでした。
まあ、そんなことはさて置き、後藤新平という人が「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬものは中だ。人を残して死ぬ者は上だよ。よく覚えておけ」そう話したと。
これは粕谷一希氏へのインタビュー記事の中の話。氏は中央公論の編集長をした人。この記事の終わりは氏の話した言葉で結んでありました。
「それにしても政治をやる連中はもっと人間通でなければならないね。後藤新平のように周りがハッピーになり、つややかになる人ね」鳩山さんは辞任に当たって「今の日本の姿ではなく5年、10年、20年先の姿を常に申し上げている」と語ったが、1年先も見通せなかった…などなど。わたしは鳩山家は、人を残したのか、金を残したのか、などと考えてしまいました。

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2010年06月11日

あきの70路を語る・・・1976

「悪いことに直面したら」こんなコラムを書いているのは、精神科医の名越康文氏。
【精神科医が言うとおかしいと思われるかもしれないが、均質な時間というものはあり得ない。「二度あることは三度ある」という諺があるように、何か一つ良くないことが起こると、もう一つぐらいは起こると覚悟しておいた方がいい】このように言い、良いことも二つ続けて起こることがよくある。だから悪いことが重なっても「今はそういう流れだ。ちょっとの我慢だ」と思えばよいと。
この「そういう流れ」…わたしは、ここに頷きます。良いことも悪いこともあざなえる縄のごとし…です。だからそんな中で、なるべく良いことを目立たせ、悪いことを小さく感じるよう努力したと思います。右足を骨折して半年目に左足をひどく捻挫…と二度つづいたので、以後何をするのも体のことは慎重になっています。

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