2010年03月31日

あきの70路を語る・・・1904

キャップのような形で、穴がブツブツ開いて、グニャッとしている黄緑色をイメージしてください。大きさは頭にかぶるとちょうどよいくらい。これを雑誌で知ってから、使ってみたいと思っていました。そしたら○天に宣伝されていたので注文し、今日届きました。
用途は@ザルとして水切り。Aチンする時にかぶせる。B刻んだものをギュッと絞る。Cビンの蓋開け。D塩もみ。Eレモンなどの汁搾り。F薄皮むき。G折りたたみOK。
材料はシリコンゴムです。
わたしはどちらかというと、新しモノ好き。こんなのが一つ増えただけで生活が新鮮になります。最初に玉ねぎを切って、サラダに入れる前に水につけてよく振り洗いしてから絞ってみようと考えています。

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2010年03月30日

あきの70路を語る・・・1903

小さな会社…@
わたしは過去に、風が吹けば、たちまち飛びそうな会社をやったことがあります。「女がやっているよ」という意味で、会社の名前を「株式会社ザ・ミズ」としました。そのとき感じたのは、小さな会社でも、一番大切なのは「決断」だと思いました。決断一つでどっちへでも向いてしまいますから…。
女性4人の出資で起こしたのです。わたしの場合は、勤めてお金を貯め、それを資本にしました。仕事内容は「自分史出版とマーケッティング・リサーチ」でした。勇ましく始めたものの、仕事はうまくいきません。たちまち月給で資本を食いつぶしそうになったので、半年後、資本金をそれぞれに返して、142万円の赤字を背負い子どもの名前をつかって同族会社にしました。出版だけでは経営が成り立たないので、主婦の人たちにパートとして手伝ってもらい市場調査の仕事を入れたのです。会社を閉じたのは10年前です。

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2010年03月29日

あきの70路を語る・・・1902

辞書で「気」を調べると、たくさんの言葉が並びます。どうやら目に見えないものだけれど、私たちは「気」に操られて暮らしているようです。
私のpcの調子が悪くなったとき、遠くに住む友は、親切に10頁ほどの文を書いてメール添付し、解決法を教えてくれました。でも機械に弱い私は、それをうまく使うことができずに、店へ行って、さっさと新しいpcを買ったのです。相手はそれを知って「気」を悪くし「気まずい」空気が生まれて電話ができなくなりました。
でも昨日は友の誕生日。思いきって「Happy Birthday」だけは言いたいと電話をすると、相手は大喜び。もっと長く話したいと、溢れんばかりの会話が飛び交いました。もともと「気」の合う友なので、1時間近くの電話の後にお互い「気をよく」しながら電話を切りました。もう十分に年取っている私たち、せいぜい「気に障る」ことは避けなければとあらためて思いました。

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2010年03月28日

あきの70路を語る・・・1901

風はつめたいけれど、3時に坂下の角に行けば、「ダックスの会」の散歩時間ですから誰かに会います。今日は3匹と3人。公園の中の桜を見ながら歩こうということになりました。「野鳥公園」と言うだけあって、山桜が主ですが、しだれ桜も咲きかけていました。
ツクシのある場所に詳しい友がいたので、最初は「おすまし」分で満足しようと考えていたのに、欲が出て、「佃煮分」を摘むことができました。
帰宅してさっそく、洗い桶に入れると、つくしの花粉で水が濁ります。何回か替えて鍋に入れ沸騰させて、その湯を捨て、めん汁だけで煮ました。
春です春…ツクシをたべると、いくら寒い日々でも元気が出ます。
帰りに友の家でお茶をご馳走になりました。茶の緑も春色をしていました。

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2010年03月27日

あきの70路を語る・・・1900

たけしの番組で、少子化時代についてやっているのを観て、家族と言う単位について考えさせられました。
昔は一軒の家の中で子が生まれ、みんなで育て、青壮年期になると働いて収入を得、子や年寄りを養いました。つまり家が単位で、何もかも行われていたのです。それが、今は社会が単位になって、全体で事を行っていくようになりました。年寄りは病院やデイケア、グループホームに行き、子どもは保育園に行ったり子ども手当で育てるなど。青壮年期の人は、働いて税金や保険料を納める…つまり昔家の中で行われていたことを社会単位でするようになっています。
これがさらに進めば、家族と言う単位の「質」が違ってくると思います。フランスのように、結婚と子供を産むことは別なことという考えに到達する…。すると遠い将来、家というものが用をなさなくなるのではと感じました。

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2010年03月26日

あきの70路を語る・・・1899

いよいよ桜が咲くと待っていたところが、冬に逆戻り。冬の日々は寒いと覚悟をしているから寒さも気にならないけれど、今ごろ雨と寒さがいっしょに来ると、季節に裏切られた気分になります。公園の桜も顔をのぞかせてはみたけれど「これではたまらない」と開くのを忘れたように止めてしまいました。
犬も散歩に行かれないので、ストレスがたまるのか、宅配便屋さんの車が止まると、察知して吠えまくる。そしてわたしがパソコンをやっていると、前足でカイカイと掻きながらいっしょに遊べと催促します。まったく与えられたカリカリ餌を食べる以外にやることのない生活に同情したくなります。
こんな日はパソコンのまえに座っても、ブログに書くこともないなと、ゲームばかり…天候は気分に作用します。そのうちに暇だと口寂しくなる…何かを食べる。これが太る原因になる。用心用心。

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2010年03月25日

あきの70路を語る・・・1898

「チャレンジド」を2晩続けて観ました。久しぶりに手応えのあるNHKのドラマです。
Challengedは 障害者を指す言葉(アメリカではそう言う)。「挑戦すべき課題や才能を神から与えられた人々」という解釈らしいです。
脚本家の渡邉睦月さんは、この話があったとき、初めて、「チャレンジド」の意味を知り「この物語を絶対に世に出さなければ」と感じたけれど、健常者の自分がほんとの心をつかめるだろうかと悩んだ末に、やっぱり「書かなくてはならない」と考え、目隠しをして疑似体験しながら「ハンディキャップを個性だけではなく、新しい力」ととらえる書き方が良いと思って書きすすめたそうです。
ストーリーは、病気で失明した元教師が、全盲になりながら復職し、見事に子どもたちとの距離が近い魅力的な教師になっていく話です。熱血教師が素敵。ここを読まれた方は、どうぞ今晩観てください。

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2010年03月24日

あきの70路を語る・・・1897

日本の政治談議には「見たて」が多いと丸谷才一氏が語ったと、Y新聞で読みました。決断の速い政治家がいれば織田信長。派閥のボスに反旗を翻せば明智光秀などと見立てる。言葉の才能の乏しい日本の政治家たちを無理やりスターに仕立てあげるための知恵だと言っています。
鳩山首相が政権交代をしたとき、自身で「無血の平成維新」と言い、弟の邦夫氏は自民党を離党して新党を作りたいと「薩長連合の坂本竜馬になる」。丸谷氏は「政治家諸氏の丈夫な神経がうらやましい」と。
文章は分かりやすくするために「比喩」をつかいます。比喩がピタッと行けば、小踊りしたくなるほど。政治の比喩は、笛吹けど国民踊らず…連日の、ああでもないこうでもないとボソボソ話すのを聞くのも、そろそろうんざりだと、多くの人が言いだしています。

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2010年03月23日

あきの70路を語る・・・1896

若い女性たちの生活感覚が変わってきていると知りました。ヨーロッパなどに旅してブランド品を買い、持ち歩いているというような風習は過ぎたそうです。古着を買い、好みに合ったバッグを持つ…という感覚の暮らし方になっていると。
電車に乗ったとき、意識してあたりを見回すと、なるほどルイビトンなど持っている人はT人もいませんでした。この人たちの特徴は、自分の趣味や資格とりなどに、しっかりお金を使うそうです。
大学生等も親からの仕送りが不景気で少なくなり、アルバイトも就職難に押されて簡単に見つからなくなって、ちゃんと就職するために勉学に励むような傾向が出ていると。世の中悪いことばかりではない…将来に向けての芽は、こんなところに出ていることを知りました。

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2010年03月22日

あきの70路を語る・・・1895

BS2で日曜夜9時からの韓国ドラマ「イ・サン」は今一番楽しみに観ているドラマです。観る気になったのは「チャングム」の監督で俳優もチャングムに出ていた人が多いためです。(6月から字幕つきの再放送がある)
朝鮮の歴史物で、22代国王の話ですが、夢中になる理由は、話の作り方のうまさだと思います。本筋の間に別の小話をいれる、悪人がこちらに分かっていて、それをなかなか捕まえられない、有能で頼もしい家臣がいるなどなど周りを固めています。
そしてここぞというときは好きな人同士をすれ違いばかりさせずに、思い切り会わせてラブストーリーに甘く持っていく。
これらは観客の心理を存分に知った上での筋書きです。韓国ドラマのファンが日本女性に多いと聞きますが、分かるような気がします。

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2010年03月21日

あきの70路を語る・・・1894

注文した自転車が届きました。盗難登録をするように書いてあるので、さっそく以前、自転車を買った量販店に行って、登録しました。
それから、ガレージが家の下にあり、道路からすぐなので、盗難の心配があるとカギの相談をしました。すると長さ90pのチェーンカギで木の階段に縛りつけるよう教えてくれたので、それを購入して帰宅さっそく縛りつけました。古くなるとこんな心配は要らないのですが、買って3日目の新しいのを盗られたことがあります。それからは、このように慎重です。
さて、乗り心地を披露しますと、性能が全然違います。量販店の人に話すと「そりゃあ凄く進歩していますから…」と。おかげで坂も平地同様に漕げますし、おまけに坂を下るときにブレーキをかけると蓄電できます。

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2010年03月20日

あきの70路を語る・・・1893

親戚のEちゃんに誘われ二つ返事で、国立劇場へ歌舞伎を観に行きました。観たのは「通し狂言・金門五山桐」で、通し狂言とは、料理で言うとフルコースのことらしいです。
内容は石川五右衛門(中村橋之助)を扱った最初の歌舞伎芝居で、初演は1778年だとのこと。Eちゃんが「これはエンターテーメントだわ」と盛んに言うだけあって、衣装が現代的な色彩で美しく、宙乗りも物珍しく、南禅寺門を真ん中に舞台が桜一色で埋まる中に、五右衛門に扮する橋之助さんが紫の衣装と長めの黒髪で見得を切る場面があったりで、豪華絢爛でした。
わたしは歌舞伎言葉が分かりにくく、ストーリーがうまく理解できないので、一所懸命パンフレットを読んでようやく納得する始末。日本語だから分かりそうなものなのに、そう言うわけにはいきませんでした。

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2010年03月19日

あきの70路を語る・・・1892

一口に赤と言っても、微妙な色合いは10種類以上に及ぶのではと思います。その中でも、我が家の庭に咲き始めた花桃の赤は断トツ。深紅ですが、これだけの赤はめったにないと思えるほど魅惑的です。庭に出て近くに寄り、八重になっている花びらをよくよく眺めました。
去年の夏、害虫にやられ、慌てて殺虫剤を散布しました。その後も木は元気がなさそうでしたから、だめかな…と心配していました。ところが、2日ほど前から、先を紅色に染め出して、わたしの期待に応えてくれたのです。
植木市が、お宮の境内にあったときに見つけた赤です。今年で3年目になりますが、150pほど伸びて、竹久夢二の絵のようにほっそりしています。

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2010年03月18日

あきの70路を語る・・・1891

三男は科学者ですが、研究で一番大切なことは「仮説を立てる能力」だとわたしに話してくれます。仮説を立て、それに向かって研究を積み重ねて実証し…結果を出していくのだと。難しくて分からない話のときも、子どものやっている仕事の話をきくのは何より楽しみで、いつも自分の解釈を加えながら聞きます。これは「ひらめき」ということかな…などと。
今日、ラジオを聴いていたとき、サイエンスライターの竹内薫氏が、この「仮設」について話をしていました。例えば地球の温暖化も「二酸化炭素」が原因だと仮説を立て、このまま進んだらと考えた上で、温暖化防止を進めている…まさに仮説だと。
仮説をひねり出すのは、ちょっとしたことがきっかけとなって出てくるそうで、ハングリー状態の方が出やすいとも言っていました。

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2010年03月17日

あきの70路を語る・・・1890

NHK「100年インタビュー」で1時間半じっくり大江健三郎という作家を観ました。大半の時間を、小説を書くことについて語りました。あんな大家でも小説を書く姿勢は、わたしのような小物と同じなんだと、あらためて知りました。小説は、最初に書いた部分がなくなるほど添削をしていくのだそうです。そして四六時中小説のことが頭を離れず、散歩のときも文章を練っているほどだと。
氏の文章は、長くて読みにくいとわたしは思っていましたが、ご本人もそれを十分承知しているようで、この10年ぐらいは、変える努力をしているそうです。近作「水死」はそこをかなり意識して平易な文章を心がけたとか。
ノーベル賞作家の部屋は端正、日々の生活も端正。部屋には影響を受けた仏文学者渡辺一夫先生の写真などが飾ってあり、恩師と言える人を持っている幸せを見せてもらいました。

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2010年03月16日

あきの70路を語る・・・1889

ここのところ頭の中にちらつくのが、どういうわけか「お汁粉」と「羊羹」。
今日、友と電話で「人生、着陸態勢に入った」話をした後で、ついに決断。さんざん大事にしていた「虎屋の羊羹」を冷蔵庫から出しました。包んである筍の皮をはがすときは、骨董品に触る心地。今どき筍の皮で包んであるものなど、そんじょそこらにありません。もちろんいただき物です。ゴディバのチョコや虎屋の羊羹は値段が高いと言われますから、恭しく開けようという気になるのも無理ないこと。さて、思い切り食べたいと厚さ7pほど切りました。これをお茶を飲みながらあっという間にお腹の中におさめました。
甘さは控えめで、味が淡白だと感じました。羊羹と言うと砂糖いっぱい…が、真っ先に頭に閃くのに、それを感じませんでした。食べたときの心境は、童話の和尚さんの留守に砂糖壺に指を突っ込んでなめてしまう小僧の気持ちでした。

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2010年03月15日

あきの70路を語る・・・1888

町内、持ち回り班長の仕事も、次期の人へ手渡す時期になりました。机の並べるのを手伝いたいと、ちょっと早めに行きました。2階が会議室なので、まず雨戸を開けます。すると、目の前に桜の大木があり、その枝先が紅色をしています。
思わず「あっ、さくら…」と言いかかるのを押さえながら眺めました。これなら開花予想の22日は間違いなさそう。寒い日々で桜などいつのことかと、不平がましく思っていたのに、やっぱり自然は裏切りませんでした。
いよいよ、世の中の色を、まるっと変えてしまう桜を見ることができます。あそこもここも、あっちもそっちも、みんなピンク一色になる1週間がやってくるのです。考えただけでワクワク。もう後、20回見ることができたら100歳近くになる…そう思ってから、ちょっと欲張りかな…とも思ったのでした。

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2010年03月14日

あきの70路を語る・・・1887

次男家族が食事に来ますが、嫁さんがママ友を連れて来てよいかと電話をしてきました。何でもそこのご主人が飲み会なので、赤ちゃんと2人だけの夜になるから一緒に来たいと。
這い這いする子が2人。さあ大変、犬が家の内外を行き来して汚している床の雑巾がけを丁寧にし、その後ファブリーズをあちこちにシュッシュッとしたついでに、犬にも掛けようとしたら、猛烈な勢いで庭へ逃げました。よほど嫌いなようです。庭から家の中を覗いているけれど、戻ろうとしませんでした。
いよいよ総勢5人到着。遅れて三男も来ました。天ぷらを揚げ始めたら、端から食べようとする二男夫婦に、揚げ終えてからみんな揃って食べようと言うわたし。意見対立です。てんぷらは揚げた端から食べないとおいしくないのは分かっていますが、だからと言って、客もいることだし、三男が鍋の前で一所懸命働いているのに、さっさと食べている…これは、わたしが気に入りません。結局気まずさが残って解散。客には悪いことをしました。

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2010年03月13日

あきの70路を語る・・・1886

電動自転車のバッテリーは2個目ですが、今回のは、あまり使わないうちに、しょっ中充電するようになりました。それで買ったところに行って、3個目のバッテリーを注文しようと話すと「何年乗っているのですか」と聞くので「5年くらいだと思いますが…」と答えると、それじゃ自転車を買い換えた方がと。パンフレットをもらって帰宅し考えました。
自転車を買うなら、前から気になっている三洋自転車はどうか…PCで調べました。これは坂を下るときに充電機能があるのです。新しくバッテリーに2万円出すより三洋がいいのでは…。価格comで調べて注文をすませました。
大枚をはたく理由は、動くものなので、まず機械を安全にしておかなければと考えたのです。それと、自分の慎重な乗り方が大切。でも加齢とともに能力減退です。75歳で運転免許返上したように、つぎは自転車乗りも返上することになると思います。

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2010年03月12日

あきの70路を語る・・・1885

テレビ「美の壺」でBOROを観ました。昔、農村の人たちなど、着古して生地が弱くなると、糸を縫い込んで補強し、長く着つづけました。それを今、ヨーロッパなどで「BORO」として愛でる人たちがいるそうです。
民俗学の田中忠三郎氏はポロ研究者。昔の普段着は藍染の木綿で、藍の濃淡は重ねるとまた別の美しさが生まれます。生地が傷んで破れると、ツギを当てたり、白の木綿糸で刺したりしながら、繰り返していねいに着ました。(わたしの母はもっぱら家族の足袋裏刺しでした。戦後20年代は、みんな下駄を履いていたから)
ぼろを刺すのは白の木綿糸。これでチクチク縫いますが、器用な人は、模様を考えて刺したのでしょう。それが誠に美しく、現代になって見直され、芸術の域にまで引き上げられたと思います。西洋にも端切れを縫い繋いで仕立てあげるパッチワークがあります。モノのない昔は、みんなモノを大切にして、とことん使いました。

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