2009年09月30日

あきの70路を語る・・・1726

外から帰って、ガレージに自転車を入れたとき、車が止まり窓から顔を出した人が「ああ、留守でなくてよかつた」と配達の荷物を渡してくれました。箱を見ると「山辺・ぶどう」…誰からかな…家に入って眼鏡をかけると、親友のSさんからです。このぶどうを作ったO氏は、知人でもあります。この前帰郷したときにSさんが毎年O氏のぶどうを贈答用に頼んでいると言っていたことを思い出しました。
こうして松本郊外・山辺のぶどうにお目にかかれることに…何とうれしいことか。
開けてみると、種なしの巨峰は昨日畑から採ってすぐに送ってくれたらしく、少女のような堅さが感じられて新鮮。昼食の後、大きな房の半分までをお腹に納めてから、仏さんを忘れていたのを思い出して、ちょっぴり後ろめたくなりながら、別の1房を供えました。
さっそく生産者O氏に電話。「奥さんの具合、その後は…」なんて聞いてもすっかり固くなって丁寧語の返事、会話になりませんでした。それに引き換えSさんとはバンバン話が弾みました。

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2009年09月29日

あきの70路を語る・・・1725

古くからの友、Tさんから展覧会の案内が来ました。「すごいねえ、銀座でやるなんて…」
「来てくれるの ? 」「あたりまえでしょ、絶対行くから」こう返事をした日が来ました。会場は簡単に分かりました。たくさん花が届いたばかりで、ご主人が箱から出して並べていました。本人もきびきび動いていますから、70歳とは思えない若々しさです。
今回の展覧会は、書道に俳画に似た水彩画を添えた作品。Tさんが好きな作家の言葉を選らんでいると思います。作品は、親しみやすく温かさのある感じでした。
山頭火………夕焼け雲の うつくしければ 人の恋しき
三好達治……とある朝 一つの花の花心から 昨夜の雨がこぼれるほど 小さきもの 小さきものよ
金子光晴……思うこと ああけふまでのわしの一生が そっくり欺されてゐたとしても この夕栄のうつくしさ
茨城のり子…もはやいかなる権威にも寄りかかりたくない 長く生きて心底学んだのはそれぐらい

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2009年09月28日

あきの70路を語る・・・1724

チャンネルを回していると、BSasahiで「カナダ大平原」という番組に行きあたりました。ウイニペグの街が出てきたので中部あたりだと分かります。何年か前に大陸横断鉄道に乗った日を思い出しました。バンクーバーからトロントまで3泊4日乗りっぱなしの線の中で一番大きな街がウイニペグでした。
1日のほとんどを個室よりラウンジで過ごしました。ここには飲み物、果物、クッキーなどが常時用意されています。夕方になるとカナッペも出てきました。
「あんた、どうして独り旅をしているのか」イギリスから来た紳士が聞きます。
「これからニューヨークに行って、それからケープコッドで家族が集まり、1週間の夏休みを過ごすから」こんな会話をしました。相手の持っているカメラは小型で白くてしゃれていたけれど昔風、わたしのデジカメをソニー製は凄いとほめてくれました。
こうして、行ったところが出ると、テレビ画面と記憶がつながるので、ちょっと心騒ぐ夜になるのです。

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2009年09月27日

あきの70路を語る・・・1723

朝、目が覚めてカーテンの下から覗くと、鰯雲が横から光を受けて青い空にピンク色のウロコを見せていました。
秋は物憂い季節とはよく言ったもの。今頃はもの寂しさをが、あちこちから湧いてくるようです。トイレに立とうとして、腰をしっかり伸ばせない自分がいる。すると、こんな些細なことが心細さにつながるのです。情報過多のせいだと思います。敬老の日のテレビが75歳を境に確実に体は変わっていくと脅かしていましたから…。
独りで生活できなくなれば、生活の質は天と地ほどに変わります。そうなりたくないから、ジムに通って頑張っているのですが…。
考えても仕方ないことは脇に置いて…と心の向きを換え「今日一日を楽しむ。そして、それを重ねていく…」と自分に言い聞かせます。
そうしながら、自分の体が自分の思うように動かせなくなったら、あの世に引っ越したいなあ…などとも思ってしまうわたしもいます。

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2009年09月26日

あきの70路を語る・・・1722

わたしの住んでいる小さな団地は、昭和30年代にできた団地の走りのようなところ。まだ土木技術が進歩してなかったせいか、山坂がそのまま残っています。この団地に毎週金曜日の夜、小学生の声がするので、わたしはそれを心待ちにしています。
「戸締り用心・火の用心」拍子木の音と子どもの声が夜の団地に流れると、なぜか懐かしい気持ちになります。
今夜はブログに書こうと思うので表に出てみました。大人が7、8人と子どももそれくらいの人数。懐中電灯の光があっちに揺れたり、こっちにゆれたりしながら通ります。
76歳まで生きて分かったことは、学校や経歴がものを言うことも確かですが、最後に勝負するのはやっぱり人間性ではないかと。人間性はどこで育つのか。親の後ろ姿や親の考え方に因ると思います。さしずめ「戸締り用心…」は人間性を育立てるのではと考えました。

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2009年09月25日

あきの70路を語る・・・1721

2人のババが息子の留守宅に入り込んでT晩を語り明かしました。話題はもっぱら自分たちの老後についてでした。でも夕飯時、小4の孫もいました。
ババAが「爪が伸びてるから切ってあげるね」というと、「いやーッ、絶対にいや。伸ばしたい」小4は、この夏背も伸びて、すっかり少女になっています。目下おしゃれに関心が大あり。若い娘たちのネイルアートをいいなあと思っているのです。
わたしは言いました。「いいじゃない。爪伸ばせば…。あの先の方にデコデコ飾り付けるの、したいんでしよ」ババAはびっくりしてわたしの顔を見ます。「○ちゃんやったら…ただし今年でなく来年のクリスマスにね。そして条件がつくよ。成績を上位まで上げること〈もっか全然欲がない)それには学校での勉強をしっかりやる。宿題も一所懸命にやる。そうしないと成績上位は難しいからね。がんばるしかないよね」願いはネイルアートをやりたくて勉強するうちに勉強がおもしろくならないかな……これがババBの願いなのですが。


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2009年09月24日

あきの70路を語る・・・1720

加藤陽子著【それでも日本人は「戦争」を選んだ】より…A日露戦争
日清戦争から10年して日露戦争がはじまります。ロシアは寒くて港なども凍るので、温かいところへ出たがります。日清戦争でせっかく日本が占領した遼東半島を、ロシアが入って(三国干渉)返させたのに、今度は自分が中国から借りて(租借地)鉄道を敷いてしまいました。満州も実質的に支配してます。こうなると、日本は再び警戒感を強めて外交交渉しますが、うまくいかずに戦争に突入したのでした。
戦死者84,000人、戦傷者143000人。「旅順会見約なりて…♪」と小学唱歌に残る乃木大将が指揮した「二百三高地」の激戦で大損害を出しました。東郷元帥指揮する日本海海戦でかろうじて勝ったのですが、アメリカが間に入って締結したポーツマス条約で、20億円も使った戦争なのに、日本に有利な結果にはなりません。戦争で使ったお金のために国内で税金を高くしたので、国民は失望し憤り暴動などにも発展しました。
ロシアは革命運動の事情が出て、アジア進出を断念、日本は本格的に朝鮮と満州を支配下に置くよう動き出したのです。

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2009年09月23日

あきの70路を語る・・・1719

加藤陽子著【それでも日本人は「戦争」を選んだ】…@日清戦争
強い国が世界中に植民地をつくって、自分の国を豊かにしていく時代…中国や朝鮮半島も狙われるようになると、日本もうかうかしてはいられません。ことに日清戦争の起こった明治27年ころは弱小とみられていた日本ですから…。
この戦争に勝利したときの下関条約で、「完全無欠なる独立自主の国」となり、今まで大国で強くて怖い、そして文化の中心だった中国とイギリスなどにたいして、日本の立場を強くすることができました。
陸海軍の犠牲者は、死者13,578人、負傷者286,032人。賠償金は遼東半島還付金を含めて3.6億円。日本の国家予算が約1億円の時代ですから大儲けしたと言えます。ではこの大金を何に使ったのか?  6割はロシアを仮想敵国としての軍備拡張につかいました。
戦争によって国の中はどう変わったか。それまで帝国議会の選挙権は、税金15円支払っている人以上でした。だが、戦争で戦う人は税金を納めている人だけではありません。みんなに選挙権をという運動が起きたのは、わたしの故郷・松本からです。「普通選挙期成同盟会」でありました。

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2009年09月22日

あきの70路を語る・・・1718

米アカデミー賞外国部門賞を受賞した「おくりびと」がテレビ放映される日を待っていました。そして今夜ついに観ることができました。映画の「おくりびと」は青木新門氏(71)の著書「納棺夫日記」が原作のようです。
交響楽団が解散となって、チェロを弾いていた主人公は失業。母の残した田舎の家に、妻と帰ります。職業を探して出会ったのが「納棺士」の仕事。妻にも言えない、とんでもない仕事を本人も嫌うけれど、死者の門出にふさわしい身支度をさせる仕事をだんだんと理解して行くようになります。「茶の湯」のような形式美を感じさせる納棺は観ているわたしにも美しく感じられました。
最後は幼い時に女ができて家出した父の納棺をすることになるのですが、子どものころ父と交わした「石文」を父が握っていたことで、ずっと独り暮らしだった父の気持ちを理解し距離がちぢまります。死者をタンチョウヅルの渡りと重ねることで「死」の意味を考えさせてくれました。

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2009年09月21日

あきの70路を語る・・・1717

9月になると庭もなんとなく勢いをなくします。すると、この夏ガンガンのさばった種類と、それらの陰に隠れるようにヨタヨタしてしまった草花たちがあります。ヨタヨタ組の一つを抜いて、竹を取り払った広い場所に移しました。それから、ダントツにのさばったつゆ草を、T昨年にちょっと生きにくい場所に動かしました。すると息も絶え絶えになっています。かわいそうになって再度めぐまれた場所に移し換えました。(いずれも多年草)
このように、いろいろやりながら考えるのです。本当の公平とは何だろうか。もともと本人の持っている力の違いが、平等にしたつもりを不平等にさせてしまう…植物の場合は場所の適正です。人間の場合は、ちょっと違うけれど、同じことが起こりうる…野球の嫌いな子を野球選手にしようと、親の夢を押しつければ、環境に適さない植物のように萎縮してしまうでしょう。夜、記録達成したイチローについてのテレビを観ました。才能を持って陽のあたる場所に立っても、尚、記録達成に血の出るような苦労をしているようです。
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2009年09月20日

あきの70路を語る・・・1716

プールの中を毎日30分、3か月歩くとだいたい膝が治ってきます。これはわたしが骨折前と骨折後に2回体験しているので確かです。
プールを歩く人は3種類に分けられます。@基本に忠実に一所懸命歩くA体力がないためにのろのろ歩くB友とおしゃべりしながら歩く。AとBの効果はあまり期待できないのでは…。
近ごろいつ行っても必ず歩いている男性がいます。今日初めてその人と話してみると、腰を患っているので、T日3時間歩くそうです。50分歩いて10分ジャグジーで暖まるを3回繰り返すのだと。よく飽きませんねえと感心すると、登山が趣味だということでコツコツが得意だと納得しました。でも多ければ良いというものではないとわたしは考えますが…素人なのでアドバイスは控えました。

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2009年09月19日

あきの70路を語る・・・1715

【九月一日の午前七時横浜の方向に合掌しました】…こうハガキを下さったのはS画伯。7時は弟が息を引き取った時間です。亡くなって半世紀も経つのに、こうして憶えていてくださる方がいることに感激です。S氏と弟は中学がいっしょでした。弟の一言で画家になる決心をしたと、今も感謝してくださってます。
H氏も最近【深志の時の古いアルバムが出てきたので複製して送ります】…と、友の近況や同窓会のことなども知らせてくださいました。
ほかに、わたしの作品「スピリッツ島」や、このブログにときどき登場する親友のG氏もいます。
弟はT大在学中、幼い時に患った腎臓病の再発で最後は尿毒症を起こして亡くなりました。まだ人工透析がないころでした。残念ですが、今も憶えていてくださる友に囲まれて幸せ者だと思います。

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2009年09月18日

あきの70路を語る・・・1714

今年の夏は、骨折したところを庇うために、長いこと包帯を巻いていました。だから靴はいつも後ろにゴムがついて調節できる1足だけを履きつづけました。
9月で骨折してから5か月経ちます。もう大丈夫と思い、スニーカーや他の靴も履くようになりました。すると、久しぶりにサッサッと足早に…しかも歩幅を大きくして歩くことを思い出したのです。体をまっすぐに立て、なるべく一直線上を…。やってみると、なかなか気持ちの良いものです。でもこのように歩くためには、靴を選びます。
靴の店じまいがあったので、売り出しで安いからと何足も買いました。こういう買い方は「安物買いの銭失い」。靴だけは、安いは二の次にして、足に良いものを選ぶべきだと言うのが、目下のわたしの猛反省点。
76歳が歩くのですから、言うほどのことはできていませんが、こうしようと意識して歩く…これが大切だと思って張り切っています。

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2009年09月17日

あきの70路を語る・・・1713

政権交代。
「ほんと、うんざりするね。どうして自民党には人材がいないのかねえ。二世ばっかり…」「でも民主党にだって、人物なんていそうもないよ」「でも、あまりひどいから、T度自民党を懲らしめてやろうよ」なんていうのが、投票日前までのサウナ仲間の政治談議でありました。
ところが実際に政権与党になった民主党を見ると、真面目に一所懸命やろうとしている姿勢が感じられると皆が言いだしました。マスコミもプライベート鳩山を流すに及んで、サウナ仲間は親しみを感じ始めたようです。「いいかもしれないね」に皆の意見が変わってきました。
そして今日。いつもくだらないテレビ番組ばかり流しているサウナの中でのこと。
「あきのさん、もう出るの」「ううん、ミスト・サウナへ移動」「それじゃ10時半になったらニュースやるから呼んであげるよ」
小選挙区の政治は、案外こんな底辺で動いてしまうのかもしれません。

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2009年09月16日

あきの70路を語る・・・1712

今朝は「みまもりサポーター」の日、ばあちゃんは大きな声で「オハヨウゴザイマス」。めげないで声がけするので、子どもたちも大きな声で挨拶をしてくれるようになりました。
遅れぎみに来た男の子が道の真ん中で立ち止まります。「近道行きたいんでしょ」鎌をかけると「うん」「行ったらどう……遅くなっているから、坂を下りまた上るなんて大変よ」違反を承知でばあちゃんのアドバイス。
現在5分の一ほどの子は、この違反を平然とやります。先日の町会の会議で、この話をして、「通学路を歩くように指導した方がよいでしょうか」と訊くと、近道は私道なので暗黙の了解なのだと。「コ」の字に行く通学路より「一」の字に行くほうが早いに決まっています。でもマンションの中(私道)を通る近道は、住人がOKを出さないのでしょう。
道の真ん中で迷っていた子は、きゅっと顔を上げると、通学路を走りだしました。「えらい!!」ばあちゃんは拍手喝采で送りました。

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2009年09月15日

あきの70路を語る・・・1711

「週刊ブックレビュー」で話題になった本が、今日届きました。
加藤陽子著【それでも、日本人は「戦争」を選んだ】です。日清戦争から、太平洋戦争までの日本人の選択について書いてあるようです。
戦争をして得した人がいただろうか。どの国の戦争も狂気としか言いようのない憎しみをもって戦います。そして戦勝しても死者が出たりして喜べません。
簡単に憲法九条に反対…そう思っていますが、北朝鮮がテポドンを仕向けてきたときは迎え撃たねばという人が多いことも確か。
憲法で戦争をしないと言いきっているのは、大変結構ですが、何かのひょうしに未来の子どもたちが戦争に巻き込まれることを恐れます。
この近代史を読んだら、ぐるぐる回りしているわたしの頭の中に解決策が生まれるのではと考えて読む気になりました。さいわい高校生向けに書いてあるので、わたしの頭でも理解できるでしょう。感想は読み終えたときに…。

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2009年09月14日

あきの70路を語る・・・1710

ランランランラン♪ 反射的に洗濯機のところへ飛んで行きました。違いました。ご飯の炊たけた合図でした。携帯はいつも不携帯で電話の横に置いたり、引出しに入れたままになったりしています。テレビで似た音が出ると、急いで携帯かと、探したりします。
いくら楽しく家事をやろうと言っても、日常に音楽が多すぎ。息子の家の炊飯器など、「ご飯が炊きあがりました」とメイドのような報告をします。
電子音というのは、耳が悪くなると、どこで鳴っているのか一瞬戸惑うような気がします。わたしは、自分で考案して目耳体操をします。筋肉の衰えが機能低下をさせると勝手に考えていますから、毎日耳のまわりを100回揉みます。そして目は、目玉を上と下を行き来させること20回、右左を行き来させるのも20回、時計回りに目玉を動かすこと20回、反対に20回やります。おかげで白内障もないし、耳もまあまあ…でも電子音にはいつもあたふたです。

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2009年09月13日

あきの70路を語る・・・1709

ちょっと寒くなると、足が冷えます。すると炬燵が恋しくなる。でもそれほどでもない今は、パソコンの前でおもしろいものを履いています。
色はベージュ。裏底は羊の革、表は足首までベージュのメリヤス編み布で覆われ、足首にはヘリがついています。裏側に羊の毛が張ってあるので、とても具合が良いのです。
もう何年も前に三男がニュージーランドに学会があった時、みやげに買ってきてくれました。
三男のみやげは、たいがいは学会で出た記念品です。わたしが何より喜ぶのを知っているからです。出かけるときに持参するパソコン入れも「Molecular Evolution・Sorrento,June 13-16,2002」などと濃紺の地に白字で印刷されています。研究している内容は何も知らないわたしですが、パソコンを入れて持ち歩くときは、いつも嬉しい気分になります。

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2009年09月12日

あきの70路を・・・1708

古い団地は、ガス管も古くなっているようで、3日前からガス管取り換え工事のため前の道路が掘り返されています。まわりは殆ど新しく建て替えているのに我が家は築43年。当然ガス管も古びています。それで今日家までの引き込みを取り換えると「お知らせ」が入りました。朝から元栓をしめて、ジムに行き帰宅すると、工事責任者が声をかけてきました。「お宅の水道管を傷つけてしまいました。呼んで修理しましたが、何か不都合が生じたら、わたしの携帯へお電話ください」と恐縮しています。きっとガス管と間違えたのでしょう。明日こそはわが家の古いガス管を掘り返して取り換えるようです。
こんな何でもないやりとりですが、係の人間性が感じられると、こちらもそれに応える返事をしたようで、お互いに好意が持てました。
悪いことが起こっても、言葉一つがお互いを気持ちよくする…そんなことを感じた日でした。

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2009年09月11日

あきの70路を語る・・・1707

高山文彦著「父を葬る」故郷が九州の高千穂にある著者が東京との間を、父の看病のために行き来したり、長期滞在したりします。
【60代の終わりからアルツハイマー型認知症を抱えるようになった父…母が病院へ連れて行ったら、首の左側の付け根に小石大のしこりができ…頭にも3か所腫瘍、腸にポリープ、C型肝炎などを抱えているとの診断。…あんたにはカネのことで苦労をかけるけど、しょうがないわね、長男だから…母が東京の息子へ電話で報告したときの言葉です。
父を看取るまでのたいへんな体験と、肉親の情が、高千穂の自然を背景にうまく織りなされました。父を亡くした後の母は、骨を墓に入れたがらずに1年も一緒に暮らす。そして最後には二上山で散骨をします。
【死なれてみれば、血と肉はいままでなかったもののようにきれいさっぱり消え失せて、残された言葉だけが涼しげに立っている】と。

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