2009年08月31日

あきの70路を語る・・・1697

雨が来ないうちにと考えて、朝のうちに投票に行きました。知っている顔、顔に会います。こんなに団地の中で挨拶をしながら歩くことはめずらしいです。たいがいの家は夫婦そろって選挙に行くようです。
で、そんな夫婦を観察しました。ハンサムな夫にくたびれた妻、身ぎれいな妻にくしゃくしゃ頭の夫。だいたい中年以降はどうも2人を眺めるとチグハグ度が目立ちます。これが新婚時代のころは、きっと同じ雰囲気をもっていたでしょう。物に対する興味や考え方が共通だったはず。でも長年連れ添っているうちに、明日も明後日もいっしょにいるという安心感が、かえって別々な人生を歩かせているのでは…。そんな2人が今日だけは揃って投票に行く…そう思ってみると、これはなかなかほほえましい光景でした。

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2009年08月30日

あきの70路を語る・・・1696

東名に事故があって渋滞し、帰宅は何と午前様になる寸前でした。バス旅行は安い料金でもりだくさんのサービス。ぶどう狩りは「食べ放題」がうたい文句なのに、一房がやっとでした。
河口湖の会場は、トルコのエフェソスで見た遺跡の擂り鉢状の劇場を思わせます。コンクリートと鉄骨をモダンに組み合わせた設計者のイメージは古代のギリシャ劇場だったのでと考えました。小学唱歌や童謡を聞きに行く人は、みんな年配なので、急坂のようなコンクリート階段をハーハー言いながら登って、自分の席を探しました。
由紀さおり姉妹のコンサートは、夕方5時に開演して2時間半。ショッキングピンクのロングドレスに上着部分がキラキラ。2人が登場すると「ウオーッ」というようなどよめきが起こりました。いきなり童謡から入って2曲、つづいて月ごとの小学唱歌と童謡。どれも知っている歌ばかりなので会場がなごみます。途中15分の休憩で40曲近くを歌いました。澄んだ声と、澄んだ河口湖の空気と木々がマッチして、贅沢な気分で帰途につきました。

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2009年08月29日

あきの70路を語る・・・1695

簡単な運動で痩せるなど、わたしの場合はあり得ません。口から入る量が消費カロリーより多いから太ったのです。(現在は毎日好き好んで米の10キロ袋を持ち歩いている勘定)
骨折が全快したので体重を元に戻そうと考え始めました。きっかけは誕生日にダイエット食をピンクの大袋にピンク色のリボンをつけてプレゼントしてくれた孝行息子がいるからです。
というわけで一念発起。朝から張り切りました。玄米ダイエット食に野菜を刻みこんで量を増やします。これを2食に分けて食べるなど、1日目は成功しました。
明日は「甲府のぶどう狩りとワイナリー・河口湖で由紀さおり姉妹の童謡コンサートを聴く会」の日帰り旅行です。オプショナル弁当をどうするかと係からの電話に、せっかくの旅だからと「風林火山デラックス」を申し込みました。これで2日目はペケ。さて3日目はどうなるか?

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2009年08月28日

あきの70路を語る・・・1694

「父を葬る」を読んでいる途中で、「終の住処」磯崎憲一郎著【芥川賞受賞作】を読んだのは、テーマが同じかなと考えたせいです。これが、まったく異なる2冊でした。
わたしが「終の住処」という題名から想像するものとは、かけ離れた内容でした。しかし、さすが芥川賞、めずらしい世界を覗かせてくれます。わたしはこんな乾いた書き方をする小説を読んだことがありません。出来事を淡々と並べて感情をいれない…怠惰な気分に襲われながら読み終わりました。生活感がないような文章で、改行などもめったになく、文字がページをべったりと埋めています。
主人公は製薬会社に勤める中年男性。妻は、いつも不機嫌で冷たい関係。会話が全くない生活を続けても、それで悩むこともなく、いく人もの恋人が入れ替わるけれど、感情的な衝突もありません。「切った貼った」…なんて言うドタバタ劇はまったく持ち合わせていない作品でした。

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2009年08月27日

あきの70路を語る・・・1693

ただしい姿勢で歩く…でも年取ると、痛い個所が体に出る…すると、体の痛い個所をかばいながら歩くので、正しい姿勢などは無理になります。
お風呂の中で背骨を手術した人と私が話をしました。
私「水中で歩くとよいのでは…。私の場合1日30分を3か月続けたので、不思議に膝の痛みが改善され、歩く姿勢もだんだん良くなっています」
○さん「医者が水泳がよいというから、毎日800m泳いでいます」
私「ええっ、800mも…それに歩くのを加えた方が効果がでると思いますが…」
○さん「いえ、先生は泳ぐ方が良いと言ってます」
気の毒なほど○さんの歩き方はヘンで、手術をした後も、以前とちっとも変りません。人は体をタテて歩く動物ですから、浮力を利用して正しい姿勢を体に憶えさせなければ折角の手術も効果なしと私は考えるのです。術後のリハビリだけを考えれば、ヨコの姿勢で鍛える方が良いでしょうけれど…。もう術後かなり時間が経っているのです。
あくまで医者を信頼している○さん。自分の頭で自分の体のことを合理的に考えた方が良いと私は言いたかったのですが、言えませんでした。みんな自分の体なのに、医者の言うことを信じ過ぎます。

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2009年08月26日

あきの70路を語る・・・1692

海側に面した台所の網戸は、外出時も開けっ放し。危ないという人もいますが、泥ちゃんが入ったところで、どうせ、入り損だとすぐに分かりそうな家です。
今日この窓に来客がありました。網戸に透き通ったスカートをぴんと張らせて、真ん中に肉体を丸出し。こんな奇抜なスタイルは、山本 寛斎氏でも考えつかないでしょう。
客は真ん中の体部分を少し伸ばして、やおら挨拶を始めました。「ツクツク、ボ〜シ、ツクツク、ボ〜シ」何回か繰り返すとテンポを変えて音も変化させます。
わたしがそっと近づくと、ピタッと鳴きやんで、シ〜ンと用心深く存在を殺し、安全を確かめると、また最初から……胴体をふるわせるのです。羽はいつも静止のまま、胴体だけで鳴くのを始めて知りました。

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2009年08月25日

あきの70路を語る・・・1691

子どもの記憶についての発達は、驚くばかりです。骨折してから5か月間、私は孫を公園へ連れて行きませんでした。今日久しぶりにその公園へ行ったのです。
前に来た春のときは、まだ2歳前でした。そのころのことをどうやら記憶しているようです。春に、柵があるところを通るとき、わたしは孫を柵の向こう側を歩かせて、わたしがこちら側を歩くという遊びをしました。(最後は柵がとれて道が合流する)最初の時は一人になるので心細がりました。
今日はここまで来ると、自分から進んで、柵のむこう側に行こうとしました。そして、途中でこちらを見てはうれしそうに笑うのです。独立ということの小さな一歩。これが将来大きな力になるかもしれません。ちっょと頼もしく思いました。

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2009年08月24日

あきの70路をかる・・・1690

以前から娘に「スカイブ」なら電話代がタダになるからと言っているのに、いつも電話をかけて来ていました。ところが今日、ついに娘がスカイブの登録をしたので、わたしの方もするように電話してきたのです。さっそく登録を済ませて呼び出しました。わたしの方は音声だけですが、向こうは動画も入っています。
所はワシントンDC。婿さんの妹の家です。まずお手伝さんが出てきて、朝食のメニューの紹介、ついで妹の主人、そして婿さんなど、みんながどやどやと出ました。おもしろかったのは寝ぼけ眼で出てくる人や、後ろで屈伸運動をしている人も見えたこと。
こうして日常が丸見えなのは、電話より親しみやすく、しかも無料というのが何よりです。
電話の向こうのみんなが「ハッピーバースデー」を歌ってくれました。数年前も、このワシントンの家で誕生日を迎え、祝ってもらった写真が残っています。

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2009年08月23日

あきの70路を語る・・・1689

波打ち際から5mほどのところに、敷物を広げました。前には八景島水族館の三角形の建物がうつくしい姿を見せています。ついたときは日焼けを気にしましたが、まもなく落日。おしゃべりに夢中になりながら、持参のお弁当を広げていると、夕闇がしのび寄り、対岸の灯が賑やかになりました。
そこへいきなりドド〜ン。花火開始の合図。つぎづきに堰をきったような花火の放列。大きなのが上がるとまわりにどよめきと拍手が起こります。観客を飽きさせないように形もさまざまに工夫されて、みんな夢中になって見ていますが、すぐ後ろの男性は、いちいちに解説を入れていました。
友だちとわたしの3人は、寝転がってゆったりと花火を見ました。横浜金沢区の花火大会は夜店が出て、仮設トイレもあちこちに。警官も交通整理に大わらわでした。

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2009年08月22日

あきの70路を語る・・・1688

「お前たちは嫁に行って、日々を懸命に生きる。そうしていても、何となく自分が疎ましくなってしまうことが、長い人生にはある。そんなときは、箪笥の位置を変えてみるといい。それだけで、まわりが新鮮に見えてきて、案外うまく通り抜けられる…」
これは女学校時代の生物の岩本先生が授業中に教えたこと。生物の授業はちっとも憶えていないのに、こちらはしっかりと頭に入っています。(この話は前に書いたことあり)
というわけで、今日は部屋の模様替えをしました。ベッドとソファーの位置を入れ替えただけですが、ついでに細かなところを片付けたり、埃を拭いたりして、すっきりしました。人が見ても代わり映えしないけれど、本人にとっては大きな変化。夜窓を開けたまま寝ると、カーテンの下から冷たい風がファーッと入るようになりました。

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2009年08月21日

あきの70路を語る・・・1687

作家の帚木蓬生氏は医者との両刀使いをしています。この人のエッセー「チチジマ」におもしろいことが書いてありました。氏が感染症の国際学会でパネル発表した【臍の垢による破傷風三例。三例とも70歳代。共通しているのは子どものころから臍を洗ったことがない。臍につまった垢の厚みは1センチから2センチもあって容易にはとれず、このたまった垢から破傷風菌を分離できた】と。
患者三人は外相部位がないのに、破傷風と思われる症状を呈した。開口障害や嚥下困難、四肢の硬直それに頚部硬直など。結果は、何と自分の体で破傷風菌を育てていたのです。つまり日本人はへそに触ると黴菌が入ると教わっているので、触りません。いつの間にかたまった垢で破傷風菌を培養していたのです。そして何かの拍子に内に入ったという笑えない話でした。わたしも日本人、お臍の掃除なんてしたことありません。

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2009年08月20日

あきの70路を語る・・・1686

先日、野百合のことを書きました。その後、Mさんから高砂百合と教わりました。先日の、「百合はどこから来たか」わたしの推理は「飛騨からの土についてきたのだろう」でしたが、大はずれ。考えてみると、土に種が入っていたのでは売り物にならないはず。こんな粗末な推理をするから、推理小説など書けるはずがありません。
昨日気づきました。道路の向こう側のS家に同じ百合が、た〜くさん咲いてます。あそこから飛んできたのです。植物専攻の友にこの話をすると、百合は球根でも種でも増えるとのこと。
去年までS家に百合は見ませんでしたから、この繁殖力旺盛な高砂百合はT年でかなり増えるということです。こんなに簡単にあっちにもこっちにも咲いているのでは、価値半減。ちょっと興ざめです。

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2009年08月19日

あきの70路を語る・・・1685

暑い日中を避けて、夕方買い物に行きました。湿度が低いせいか、自転車で走っていると風がここちよく、散歩の犬たちも生き生きした動きを見せています。
野菜売り場に行くと、高知産の生姜が、いつもの5倍ほどの量でパックされています。ラッキーと迷うことなく買物かごへ。帰宅してそれぞれを冷蔵庫に片付け、麦茶をT杯飲んでから、生姜を洗い桶へ入れて洗いました。そして力仕事で大変ですが、すりおろしました。半分量まですりおろしたところでジッパーつきの保存袋に入れてお煎餅のようにうすくのばし、口を閉めて冷凍庫へ。使うときに薄いからポキッと折って使えます。あとの半分は薄切りにして甘酢漬。こうして大きなお金は、穴が空いたように簡単に出てしまう傾向があるけれど、小さなお金には敏感で、やりくり上手だと自認しています。 

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2009年08月18日

あきの70路を語る・・・1684

「100年インタビュー」今回は柳田邦男氏でした。氏は25歳の二男を亡くしています。しかも自殺で。そのことについての著書「犠牲」を中心に話が進みました。氏は心を病んでいる洋二郎氏に対して、目線を息子の居場所までさげて、いっしょに苦しんでいたように思われます。
冷静なノンフィクション作家の氏ですが、父親として心をえぐられるような苦しみを息子の死で経験します。そして「時間がかなり経った今でも、息子はますます自分の近くにいる」と。
その後の氏は「「大人が絵本に涙する時」のように、絵本の世界へ進んで行きます。絵本を訳したり、読み聞かせもやっていると話していました。ここまで氏を変えた洋二郎氏の死…崇高な精神に宿る、奥深い悩みの質に感銘を受けながら観終わりました。

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2009年08月17日

あきの70路を語る・・・1683

信州の伯母がモロコシを送ってくれました。故郷の新聞が詰めに使ってあるので、手で皺を伸ばしながら読みました。
【江戸末期から松本地域に伝わるという女児の祭り「ぼんぼん」が8日、松本市内で行われたお盆の入りを前に先祖の霊を慰めた民間信仰が発端ともいわれ、91年に市の重要無形文化財になっている】とあります。
わたしも小学生のころ、浴衣を着て、手にピンク色の小さな提灯をさげ「ぼんぼんとても、きょうあすばかり…あさてはおよめのしおれぐさ…」と歌いながら、列をつくって町内を歩きまわりました。あのころは幾晩もやりましたが、今はT回のみのようです。同じ時季、男児は「青山さま」。杉の葉を小さな神輿にします。弟たちは、隣町と杉の葉の取り合いをしたものです。

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2009年08月16日

あきの70路を語る・・・1682

終戦記念日。12時半から戦争番組を見ました。最近亡くなった加藤周一氏が、トップバッター【あれだけ軍事色に染まって、鬼畜米英と言っていた国民が、敗戦でコロッとアメリカ一辺倒に変わった。その極端な心の変わりようを考えなければならない】そう話します。つづいて8月15日の終戦をどこでどんな形で体験したかについて、1時間半、各界の人にインタビュー。番組はそのあとも午後ずっと続きました。
T億こぞって勝つと信じ、頑張っていたことがよくわかります。たとえ冷静な人がいても、言論は統制されて発言は無理。負けたときに「どうして神風が吹かなかったの」と、子どもだった女性が母親に不服を言ったと話しました。
折角のよい番組を若者や子どもが見たいと思うようになるには、どう工夫すればよいか。局はBSでやらずに、ゴールデンタイムに流せばと、希望しますが、チャンネルを回されてしまえばそれまでですし…。
なにはともあれ、わたしの夕飯は「すいとん」にしました。

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2009年08月15日

あきの70路を語る・・・1681

テレビで「アンネ・フランク」を観ました。オランダに旅したとき、川(運河)の木々が茂る向こうの建物がアンネフランク・ハウスだと聞きましたが、わたしはとても行く気になれませんでした。
第二次世界大戦時、ナチスのユダヤ人迫害から逃れるため、回転本棚の奥にある「隠れ家」で2年間を過ごしますが、最後は見つかり連行されます。
最初は家族4人、そこへ父の親友家族(夫婦と息子)が来ます。そしてまた1人、男性の歯医者が…。狭いところでの8人の生活は、たちまち衝突がはじまります。食べ物も少なく、衣類も最低限、そして建物の下の会社の昼休みと夕方会社が引けてからでないと音も立てられず、トイレもままならないという缶詰め状態の生活。救われるのは、父の親友の息子にアンネが恋をするところ。後は、息の詰まるようなたまらない生活です。
こんな切羽詰まった生活だと、わがままな性格の人が、みんなを傷つけていきます。

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2009年08月14日

あきの70路を語る・・・1680

今日はお盆の入りです。先祖が帰ってきています。私の場合は父母と弟。居間に位牌がでて、花と果物と野菜と、そしてお菓子など並んでいます。その前に線香や蝋燭、マッチも置いてあります。満艦飾のようなテーブルの上ですが、これは昔からの、わたしのやり方。
横に盆提灯が置いてあります。描かれた萩、ススキ、キキョウの花の絵が涼しげです。おまけに電気をつけていますから、その熱が上に逃げるときを利用して、「まわりどうろう」になっています。走馬灯ともいいます。
さきほどまで来ていた孫が、これを見てキャッ、キャッと喜んでいました。
ちょっと寝にくいですが、今夜は灯篭の電気をつけたまま寝ようと思います。そして、久しぶりの父母や弟と語り明かしたい…そんな気分です。

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2009年08月13日

あきの70路を語る・・・1679

肥料をネットで飛騨から取り寄せています。40リットル入りを一度に5袋とりますが、昨年はおまけをもらいました。袋の中に「野ユリ」の種が入っていたものと思われます。
葉も細く、花も鉄砲ユリを細身にした感じです。うれしいことに、これが今年はいろいろなところに飛んで増えています。先日など道路の向こう側のコンクリートの割れ目に2本見つけました。この分で行けば4年目の来年あたりは、庭のあちこちに生えて、野ユリの家と呼ばれることになりそうです。そのくらい繁殖力が旺盛、しかもとびっきりきれいで、百合の仲間ではNO1といいたいほどの美人です。
お盆に合わせたように咲いてくれたので、今日は、3本切って大きな花瓶にいれました。居間に特別にしつらえたご先祖様の居場所に飾りましたが、かなり豪華です。

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2009年08月12日

あきの70路を語る・・・1678

人は目標を持つと、疲れることなど無視して動きます。先日泊まったホテルで大きなサボテンを見ました。大きいというだけで実に見事。わたしが育てている同じサボテンを、あれくらいに大きくしようと思いつきました。それにはまず鉢と土を用意する…というわけで、いつもなら午前中スポーツクラブに行けば、午後は昼寝になるはずなのに、多肉植物用の土と鉢を買いにでかけました。
帰ってすぐに、蚊取り線香をつけて外へ。5鉢のサボテンの植え替えを完了。
このサボテンの最初は100円ストアに売っているような小さなもの。それが今では赤子の頭ほどになっています。しかも寝癖がついた赤ちゃんの頭のようにイビツ。三男に言わせると陽の加減だから、くるくる回せばよいそうです。
映画「クレイマー・クレイマー」の居間ドアの右側床に、やはり同じ種類の大きなのが置いてありました。
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