2009年01月31日

あきの70路を語る・・・1486

図書館へ行くときは、いつも最短距離を選びます。まず道路を渡って、市民会館の中へ。ここを通って鉄門が細く開いているのを抜けると図書館横の駐車場入口。今朝もアメリカンブルーの青がご機嫌に咲いていました。また図書館には石庭もあり、そこの飛び石伝いに正面に回ると大きなガラス扉。読書室は腰から天井までのガラス窓で、開けてあるためにT月のさわやかな風がはいっていました。
図書館前の垣根はミニサンダカンが咲いているのですが、わたしは赤い花なので、ツツジだとばかり思っていて、最近になってよく見ると、別な花だと分かったのです。
昼になったので、マンションに帰るため、朝の逆を歩きます。市民会館には制服の高校生が明日の催し物の練習をしていました。食事を済ませパソコンに向うと、開けた窓から高校生の合唱が聞こえます。わたしはいつの間にか高校時代に音楽室から聞こえた「流浪の民」を思い出していました。

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2009年01月30日

あきの70路を語る・・・1485

竹富島には日本で一番南のお寺「喜宝寺」があります。ここには島で使っていた古い道具の蒐集展示があり、その一角がお寺になっています。またみやげ品の販売コーナーには芭蕉布の反物があって値段は65000円。シャキッとして透き通った布の心地よさは、ほれぼれするほど。さすがに芭蕉布です。
寺の創設者の座右の銘というのが島の入口の「ゆがふ館」に掲げられていました。
●音・万物に調和をあたえ、万人の心をやわらげ、自然と時代と世界の音をきこう。
●芸・創造の神は人間に与えられた最大の喜びである自己のさし向ふ事物の心をとらえ、自己の作品の中に完全に生きよう。
●心・理にしたがって心を起こせば善なり。理にさからって心を起こせば悪となる。天地一切平等にして卑しき者は一つもない。無我の愛に生き、唯我独尊の見地に立とう】


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2009年01月29日

あきの70路を語る・・・1484

朝、カーテンをひくと上天気。とたんに竹富島へ行こうと決めました。船で15分、往復1100円なので、ちょっと横浜から都心へと行くほどの気軽さです。
コーヒーは家から持参、途中のコンビニでおにぎり2個ゲット。
島へ着くと、いきなりメインロードを右に曲がりました。いろいろな蝶が飛んでいるので、先日Kさんが種類を数えていたことを思い出しました。山羊が悲鳴を上げていたところへも行って、その後を見届けました。垣根の外の草は刈ってあり、金網も補修して安全になっていました。
「新里村遺跡」と案内が出ているので訪ねましたが、説明の案内板と井戸のように掘り下げられた石積みが残るのみでした。この島には、水牛とシーサーがのっている瓦屋根、それにサンゴの石垣があれば十分なのかもしれません。

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2009年01月28日

あきの70路を語る・・・1483

今頃の石垣は、朝7時過ぎないと夜が明けません。夜は7時過ぎても明るいですが…。
6時半、真っ暗な中にラジオ体操の音楽があちこちの公園で鳴り始めます。
でも市民会館の真向かいの公園は街灯が明るくなっていますから、ここは安心して体操ができます。拡声器は、近所から苦情がでないのが不思議なくらいのボリューム。イチニ、イチニと元気です。
老骨に鞭打ってやってみますと、こんなこともできないのかと思うほど75歳の体は悲鳴を上げます。あらためてカラ元気をだしているなあと、自分を憐れみたくなります。
まあ、しかたないですね。何しろ国も認める後期高齢者ですもの。別の名を末期高齢者とも言いますしね。「あれっ、あきの、お前、今朝はちょっと僻みっぽくなっていないか?」

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2009年01月27日

あきの70路を語る・・・1482

マンションのとなりはデイケアホームセンター。朝、年寄りの人たちが車で連れて来られます。その一つ置いて南側にはグループホームと表に書いた新築の建物があります。うすいオレンジ色の壁と沖縄の茶色の瓦をアクセントに採用したモダンなコンクリート造りで入口にはブーゲンビリアの大きな鉢が置いてあります。1階はぜんぶ駐車場。2階と3階が施設になっているようです。こんな建物なら誰でも入りたくなるだろうなと思って見ていました。
夕方のこと、ここを通ると「ハトポッポ」の歌が聞こえてきました。これで一気にわたしは現実にもどります。数人で朝夕顔をつきあわせること、幼児扱いをされること、こんなのが、わたしの場合は、きっとやりきれなくなります。やっぱり体を長持ちさせるよう努力して、独りで暮らしていきたい…あらためて自分の決意を固めた夜となりました。

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2009年01月26日

あきの70路を語る・・・1481

散歩をしていると、頑固親父のように癖のある木があって思わず笑いだしてしまいました。
ブロック塀の切れたところから覗くと、木の太さは直径40センチほど。塀の1か所を壊してはみ出ている太い根は、歌舞伎役者が見得をきった前足のよう。もうちょっと離れたところには塀のてっぺんをまたいで両側に下へ向けて根を下ろしています。
枝は、門かぶりを通り越して家かぶり。南国の木ならではの成長は、家主に伐る機会を与えずに伸びてしまったと見えます。だから太すぎて伐るのもままならずに諦めたといった塩梅でした。
すごい台風の来るところですから、ほとんどの家は鉄筋コンクリートづくりですが、20パーセントくらいは昔の家が残っています。そんな家はまわりの塀を高くして家を守っているのです。

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2009年01月25日

あきの70路を語る・・・1480

マンションを出て裏側へ歩いて100メートルほど行くと、くだものの卸をしている店に、おばあさんがネギの汚れ葉をとっていました。表にスイカがごろごろ並んでいるので「分けていただけますか」と聞くと、これは主にホテルへ納めるのだが、いいでしょうと奥の帳場にいるお嫁さんに声をかけてくれました。嫁さんは中玉をえらんで秤にのせ800円と言います。「スイカを東京まで送れますか」と聞くと、割れるから絶対にだめ、パパイヤはどうかということとになり、明日自社の農場から採ってくるからと。
農場を見たいと言ってみると、簡単にOK。車に乗せてもらって行きました。30分ほどで20数棟のハウスがある農場に着きました。去年植えたマンゴ、5年経つマンゴなどや、水耕栽培野菜の棟などを見学。わたしもハサミで採らせてもらいました。というわけで子どもたち、それぞれにマンゴが届くことになりました。店には出ていないもの。大きくて立派なので驚くはずです。

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2009年01月24日

あきの 秋の70路を語る・・・1479

泡盛製造所の博物館、請福酒造に行ってきました。ここ石垣には、請福酒造製品の黄色で細長い旗を町なかの居酒屋や酒屋が立てています。
店の二階に博物館はありました。今でもおかみさんが杜氏をやり、昔の製法でつくっているという場所もありました。手間のかかる方法と、現代の製法で、味の違いはありますかと聞くと、ほとんどないけれど、伝統を残すためにやっているのだと話してくれました。
店の姿勢がいいなと思いながら、なおも見学します。原料にはタイ米を砕いてつかう、そして麹も黒麹だと。暑い地方で使うには黒麹が適しているのだそうです。そう言えばタイ米も暑いところの産物。あらためて、自然はそこまでの道をつけているのだと感心しました。おもしろかったのは、泡盛を飲むときに使う容器の形いろいろ。酒をたしなむのも文化だと納得しました。

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2009年01月23日

あきの70路を語る・・・1478

タンカンというミカンに似た沖縄の果物がありますが、ミカンより値段が高いです。味はほとんど同じで皮の見栄えがわるい。けれど薄い皮の下に実がしっかりつまって、ジューシーです。
ジューシーと言えば、ここの名物に「じゅーしーかまぼこ」があります。みずみずしいかまぼこってどんなものかと思いましたが、どうやら意味が違うらしい。そこに興味を持ったKさんとわたしは一度食べようと言うことになりましたが、Kさんは食べずじまいで帰ってしまいました。それで今日わたしが昼に食べてみました。
「じゅーしーかまぼ」は、味ご飯をお結びに握って、周りをすり身の魚でくるんで揚げたもの。別にジューシーではなく、沖縄の呼び名が「じゅーしーかまぼこ」なのです。袋に書いてあった内容説明は【原材料:米・魚肉(イトヨリ ヒメジ)人参・卵・胡椒葉・片栗粉・みりん・醤油(小麦を含む)大豆油・調味料(アミノ酸等)。賞味期限はたったの1日。

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2009年01月22日

あきの70路を語る・・・1477

建物を出て、左に100メートルほど行くと、石垣漁港です。その手前に海に向かって縦長に公園が3面並んで、それぞれがテニスコート5面らいの大きさです。
海側のT面は子どもの遊び場でブランコやジヤングルジムなどカラフルなのがあります。真ん中は夕方になると少年たちがサッカーの練習に来ます。一番利用度が高いのは、年寄り用のゲートボール場。コースらしく凹凸もつくってあります。どれも高麗芝が敷き詰めてあるため歩くとクッションの役目をして膝が痛くありません。
その向こう側の港には、漁船が引き揚げてあり、船の間を歩きながら空を見上げると、まるで雲の生産所かと思うほど重そうな雲から白く軽い雲まで、いろいろな種類が広がっています。今日は西表島の方の黒雲の間から、虹が2本も並んで、大サービスでした。

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2009年01月21日

あきの70路を語る・・・1476

魚釣りB
喉のところに刺さった釣り針を兄がそっと取り除くと、すこし血が滲みました。でも、妹はすぐに遊び再開。次男は妹に、「海に落ちるから、そんなに近づくな」とこましゃくれた言い方をし、妹にライフジャケットを着せます。肝心なところはちゃんと用心しているなと感心しました。兄が携帯で2匹釣れたと家へ電話をしました。間もなく魚屋の名入り小型トラックがやってきて、お母さんが氷の入ったプラスチック容器を荷台からおろします。はねていた魚2匹は、そこに入れられるとすぐに動かなくなりました。
今度は母さんが釣りをしたがります。次男は先輩顔して母さんに教えました。やがて母さんは次男に「ライフジャケットちゃんと着なさい」そう言い置いて帰りました。わたしは兄の方に、「お兄ちゃんは兄弟の監督だから、釣りはしないんだね」と言うと、「そう、ボクは野球だからね」と。こんな家族を久し振りに見ました。これぞ家族。

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2009年01月20日

あきの70路を語る・・・1475

魚釣りA
たくさんの船が係留されているすぐ隣りに、釣りをしている少年がいます。釣ったばかりの魚がピチピチとコンクリートの上で跳ねているので思わず近寄りました。
おおっ、また釣り上げました。口の先がとがったトビウオに似た魚は海の色と同じ瑠璃色。「何という魚 ? 」「ダツだよ」。いかにも高級魚と言った感じです。餌はサンマ、ボール紙のまな板の上で器用に切り分けながら釣り針につけます。
「家が魚屋なんで釣るとおばあが買い上げてくれるんだ」
「ふーん、一匹いくらで…」小3の少年はまるで知っている人に話すように気軽です。それどころか、釣りが命ぐらい好きなこと、お金は釣りの道具に使うことなども。負けじと小学5年の兄も野球が好きなこと、○○と言うから、そのうちに石垣から有名になるので名前覚えておいてと真剣です。その時、幼稚園生の妹が泣き出しました。見ると二男が竿を振った拍子に、妹を釣ってしまいました。ありゃ〜。

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2009年01月19日

あきの70路を語る・・・1474

快晴だと家にいるのがもったいない気がします。港の先の埋立地に出かけました。大きなアーチ形の橋を渡ると広い公園があって凧揚げをしています。それを見上げながら、小高い所に登りました。バーベキューの支度をしている人がいました。島ではみんな気軽に声を掛け合いますから、わたしも島流に「おいしそうですね」と言いました。
それが糸口となって、島に支社を立ち上げるために転勤して来たこと。石垣なら行きたいと、社内の希望者が多かった話などを興味深くしてくれました。
難関を勝ち抜いて来た人らしく精悍な感じ。傍には美人の奥さんが、ようやく三輪車に乗れるようになった女の子を遊ばせていました。それにしても、本州から移り住んで働く若い人たちがたくさんいることに驚きます。

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2009年01月18日

あきの70路を語る・・・1473

昨日朝のこと。散歩していると黄色いナイロンチョッキを着たおじいさんたちが街の角々に立って、登校時の子どもたちの面倒を見ていました。「おはようございます。ごくろうさまです」わたしはこんな挨拶をしながら通ります。
と、そこへいきなり「島歌」サンシンの音が賑やかに聞こえてきました。チンドン屋でもなさそうだし…と、音のする方を探すと、角から出てきたのは、何とパトカー。まるで宣伝カーのようでした。
夕方の街中を歩くと、やはり「島歌」が聞こえますが、こちらは居酒屋から…。ドアを開けて表に聞こえるように賑やかです。チャンカチャンカと、サンシンの音は、いかにも沖縄を感じさせます。
今日は青空がどこまでも広く、さわやかな風も吹いて5月くらいの陽気でした。

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2009年01月17日

あきの70路を語る・・・1472

今日の気温は最低が18度、最高が22度とか。日向にいると汗ばむほどでした。
Kさんが帰京する前に、川平方面の海をもう一度バスに乗ったまま、見たいと言うので、わたしも途中まで一緒に行き、川平で別れました。
川平は、石垣観光の主要な場所。バスが頻繁に来ます。小旗を立てたガイドさんを先頭に林の中を観光客が通り、撮影用の台が並んでいるところまで行って、海を背景に記念写真を撮ります。それから下に降りて観光船に乗るのですが、動き出してしばらく行くと、ガラスの船底からサンゴを見るために一か所に停まります。その後、船はエンジンの音を立てて外海との境、ラクーンまで行ってから戻ってきます。こんな繰返しを3時間ほどボーっと眺めながら、陽の動きにつれて変化する海の色を楽しんできました。写真も撮ったのですが、わたしのカメラでは、あの色は、とても出ません。

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2009年01月16日

あきの70路を語る・・・1471

2年ぶりの竹富島。サンゴを積んだ石垣にはブーゲンビリアが咲き乱れ、昔ながらの赤レンガを漆喰で塗り固めた屋根の上にはシーザーが睨みをきかせています。そして何より瑠璃色を主体としたグラデーションの海…竹富島の人気は、この島にしかない景色です。Kさんと自転車で回りました。
まずこの前のときに見た、生まれたばかりで、胎盤も傍に落ちていた山羊はどうなったろうかと、記憶をたよりにさがしました。元気でいました。小屋は屋根が付いた立派なのに建て替えられ、家族は4匹になって、おいしそうな音をたてて草を食んでいました。
今回はまた別の山羊に縁があったのです。田舎道の脇に首が金網に引っかかった山羊を見ました。草を食べようと顔を出したのでしょう。角が引っ掛かって動けません。Kさんは勇気を出して何とか突っ掛かっている角を外してやろうとします。相手はおびえて、口を大きく開け死にそうな声を出します。いろいろと試しましたが何ともなりません。時間はかかりましたが、最後にはうまくいって、顔が網からはずれました。山羊は一目散に仲間のいる丈の高い草の中に消えました。Kさんいわく「仲間が心配して傍にいないなんて薄情よね」と。

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2009年01月15日

あきの70路を語る・・・1470

Mさんの教えてくれた鮮魚店は、どこも母ちゃんの名前がついています。これぞ石垣名物。何が何でも味わわなくては…。一人前200円でたくさん来るのも魅力です。
店は家の横にガレージのような感じであります。でも看板は大きくはっきりと。トタンを白く塗ったところへ「あっちゃん鮮魚店」「よしみ鮮魚店」などと遠くからでも読める字で書いてあります。客は根っからの地元人、方言がしっかり入った会話でした。
わたしの住む周りにも3軒ありますが、Mさんお勧めの店までトコトコ歩きました。
名前通り母ちゃんと娘でやっているようす。店は午後から夕方にかけて開きます。刺身はマグロとイカだけ。天ぷらもその2種類を揚げたもの。
わたしがマンションまで、遠いので途中で冷めてしまうと心配すると、品行方正のKさんが、では歩きながら食べましょうと真顔で言います。まず店の中でいくつか食べてから、店を出て、道々も袋の口を覗きながら食べました。だからマンションにたどり着いたときは2個残ったのみ。夕飯はゴウヤチャンプーと紫菜を地元の麩でまいたものとキムチで食べました。

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2009年01月14日

あきの70路を語る・・・1469

石垣で一番きれいな海が見られるところは、川平(カピラ)です。ここに昨日東京から来たKさんが宿泊しています。前のとき、石垣で会ってから、わたしのブログを読んでくださるようになった方です。わたしが石垣へ来るのを知って、もう一度ここで会いたいと来てくださいました。
シーサイドホテルは、センスの良いデラックスなホテルでした。すぐ裏が海岸です。ここの白砂を踏みながら、海のあまりの色に息をのむほどの2人。瑠璃色の海と淡い蜜柑色の砂、群青色が灰色の雲を押し上げるようにして流れています…。
Kさんはいつも独り旅なので「歩きながら、となりに同じことを感じて口にしてくれる人がいるのはとてもうれしい」と言われました。明日はMさんに教えてもらった店で島名物の「てんぷら」を買ってきて、ここで夕飯、明後日はKさんのホテルで朝食をいっしょにしてから竹富島、明後日はKさんが帰京します。

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2009年01月13日

石垣特別編

石垣特別編
マンションは、空港からタクシー1000円ほどで来る町のど真ん中にあって、ビル最上階の6階。海が見えると思ってここに決めたのですが、ベランダは東向き。腰高の窓からは石垣の山が見えます。今朝も曇って、部屋には暖房を入れています。
ドアを開けると、玄関の右手に洗濯機、左手は下駄箱。右側の説明をつづけると、台所部分で、流しもけっこう広くて使いやすい。そのつづきに冷蔵庫、上にレンジあり。その奥が一間の上はある観音開きのタンス。ここに掃除機が収納してある。その奥が一間の机、テレビとビデオプレイヤーもここ。左側風呂とトイレなどの奥がダイニングテーブルにイス二脚。その奥にロフトに上る梯子あり。いつもは壁に寄って邪魔にならないよう工夫されている。そこから離れてベッド。部屋は窓の桟までまっ白で清潔な感じ。昨日来てくれたKさんは「へえ〜、広くて素敵な部屋じゃない」と感心していました。費用は全部で12万円くらい。以上。


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あきの70路を語る・・・1468

マンションは四つ角にあり、斜め前は市民会館です。コンビニから買ってきた八重山日報に「オヤケアカハチ」の広告が載って、日曜日にこの会館で上演するとあります。現代版組踊で子ども演劇なのに3000円のチケットは高いと思いながら観にいきました。
原作・伊波南哲氏、脚本演出・平田大一氏。石垣島の歴史に登場する人物が主人公。手前にオーケストラボックスがあり、ここに沖縄からの演奏者が入りました。わたしの席は前から二列目。幕が開きました。いきなり太鼓の強烈な音。大きな木が真ん中にどっしり。
こんな始まりで、波照間島から来た赤蜂が民衆の先頭に立って重税に喘ぐ島民たちを救おうとした話は進みました。小学四年生から高校生までの俳優たちは舞台を縦横無尽に飛び回り、島の踊りがふんだんに入って、力を感じ、美しく楽しい3時間でした。なお8月21日に東京新宿厚生年金会館で公演があるそうです。
http://akahachi.ti-da.net/

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